あ〜、そういえば小さい頃よく遊んだな。
その時には少しの危機感もなく皆笑顔だった気がしないでもないけどな!ニヒヒ〜。
 と、いう少々現実逃避に近い思考を一時断念して、テンマは次を左に曲がるか右に曲がるか思案する。
 これは、一種の賭けのようなものである。
もしも間違った道に入ってしまえば運の尽き。幼馴染達にも、友達にも、常連客にも、自分は今後一切会えなくなるだろう。
「…よし、左ぃー!」
 ギリギリまで考えて左側の道に飛び込む。
どうやら賭けには勝ったようで、そこは行き止まりでも袋小路でもなかった。
 それに気をよくしたテンマは後ろを振り返り、自分を追ってきているものに舌を出してみせる。
「やーいやーい。鬼さんこちら、手のなるほうへ〜♪」
 手を本当に鳴らしてやりたかったが、手に持った鈍器がそれを許してくれなかった。
かわりに、その鈍器を振って挑発してみるが、モンスターの速度は変わらなかった。
 製造BSであるテンマが炭鉱に来たのは、もちろん材料集めの為である。
最近、精錬にハマっているテンマは自分のお財布がかなり軽くなるまで「クホホホホホ」を繰り返していたのだ。
 所謂、精錬破産。
普通の冒険者であれば、モンスター討伐などでコツコツとまたお金を貯めることができるであろうが、如何せんテンマは戦闘は不得意な製造BSである。
 コツコツとモンスターを倒していたら、生活ができなくなる日が近い。
自作の武器を売って生活していたのだから、それを行えば良いとか軽く考えていたら大きな誤算があった。
 材料が全くないのだ。
手元には数zしか入ってない財布。これでは、買いチャットをたてることもできない。
 困った時の頼み所である、幼馴染+1に連絡をしてみるが不在なのか寝てるかしているらしく返答が帰ってこない。
 で、自給自足in炭鉱となったわけではあるが。

「俺ってモテモテ?!」
 魅力がありすぎるっていうのも辛いわね〜、なんて余裕かましていられたのは最初のうちだけだった。
 ありえないくらいのモンスターの出現にテンマの背中には嫌な汗が流れる。
普段であれば多くの冒険者が居るはずの炭鉱に、今日に限って人がいない。
つまり、どんなにテンマが死にそうになっていても助けてくれる親切さんはいないわけで。
「…っ!こりゃハエ逃げしてもいいかな?」
 自分のカートの中を一瞬で確認する。
冒険者であれば携帯していて当然とも思われる蝿の羽。
 当然、テンマのカートの中に……は、なかった。
「うっそん!」
 そういえば、テレポ持ってない、なんていう馬鹿プリーストに全て友人価格で売ってしまった気がする。
 だいぶ長い間走っていたため、そろそろ限界を訴えている自分の足を叱咤してテンマは再度走り出した。先ほどまではカートの中身が落ちないように気を使う余裕があったが、蝿の羽を確認するついでに蝶の羽も持ってきていないことに気付いた今となっては余裕などない。
 人がいないのをいいことに、振り切るしかテンマに道は残っていなかったのだ。
「…ちょ、ちょぉ〜っと、ヤバイかな?」
 元から決して早くない足とカートの重さ。そして疲労がたたってか、振り切れる程のスピードが出ていない。
これでは、追いつかれるのも時間の問題だろう。
 どうしたもんかと思案しているテンマの目に次の曲がり角が見えてきた。
もし、これで曲がってみて行き止まりだと大惨事。
「南無さん!」
 ジャリ、と小石を勢いよく踏みながら曲がり角に飛び込む。
が、飛び込んだ途端何かにぶつかってしまった。
「ぶっ!」
「ぅわぁ!」
 人がいない、を前提に走り回っていたテンマであったので、ぶつかった対象が声を発していたことに暫く気付かなかった。
 そんなことよりも、迫り来るモンスターとどうやって戯れようという考えで瞬時に頭がいっぱいになったのも要因の一つといえよう。
「あれ?テンマさん?」
 とりあえず、スケルワーカーは自分作強い火ソードメイスで力の限り(str20補正込み)で殴り倒しで……。
「テンマさん、ですよね?」
 問題はミストだよなぁ…。ざっと見て7匹はミストだったしなぁ…。
「相棒、こいつ知り合いか?」
「だと思うんですけど…」
 あぁ!寒いギャグならお手の物なのに、何故凍らないんだチクショウめ!!!って、俺がブラックスミスだからか!あっはっはっは。
「あ、モンスターがたくさん…」
「来たか?!!!!!」
 って、今の声は…。
「ぉうわ?!トイ弟?!!」
「え、と…。おはようございます。テンマさん」
 かなり近くまでモンスターの大群が押し寄せてきていて、挨拶どころでは無いのだが。
そうテンマが思ってもされてしまった挨拶を覆すことはできないので、綺麗にスルーさせてもらう。
 むしろ、大事なのは挨拶ではない。
幼馴染の弟がかなり高いレベルの騎士であることが、今物凄く重要なのだ。
「つかぬ事をお伺いしたい」
「? なんでしょう、テンマさん」
 急に真面目になったテンマに大きなハテナマークを飛ばしながら見上げてくる。
「アレを難なく倒せるだろうか?」
アレ、と言ってモンスター達を指差す。
「そうですねぇ。難なく、ではないですが倒せると思いますよ」
 言うが早いか、一歩前に出ると柄に手をかける。
「おい、お前はこっち」
 ふいにジーパンが引っ張られる。
良く見るとポイズンスポアが戦闘の邪魔にならない位置を指差しながら、その短い手で服を掴んでいた。
 あぁ、これが例の…。と、前にトイが言っていた『弟のペット』であることを思い出した時、大きな音が響いた。
 続けざまに何度かの爆音。
あれだけテンマを苦しめたモンスターの群れは、一人の騎士のボーリングバッシュにより簡単に崩れ落ちた。
「…鬼ごっこ、しゅ〜りょ〜」
 テンマの呟きにポイズンスポアは怪訝そうな顔をしてみせただけで何も問うてはこなかった。
「はい、終わりました」
 クルリと自分の方に振り向いた騎士に、テンマは軽く手を振って見せた。
「おっ疲れさ〜ん♪」
「いえいえ、では私達はこれで失礼しますね」
 兄とは違い、えらく礼儀正しく一礼すると騎士は蝶の羽を使ったのか瞬く間に消えていった。
「…う〜ん、あの兄が育ててあの子がこうなるのが信じられん」
 まさに人体の、いや、ガ●ホーの不思議!だなんて、テンマの考えていたのも束の間。
シャキンという聞きなれた音が近くで聞こえてきた。

「ぅっわ〜、超嫌な予感」
 先ほどの真顔から一転、凄い良い笑顔で音のほうへ顔を向ける。
「やぁ、ハニー!ご機嫌麗しゅう?え?さっきの子?やだな〜浮気なんかじゃないよ、ハハ」
 騎士にそうしたように、軽く手を振ってみる。
「ハニー、怒っているのかい?そんな鎌なんか振り上げちゃって………」
 ハニーこと、スケルワーカーのうしろにはミストが何体か視認できた。
「モテる男ってのは、本当に辛いんだよな!ニッヒヒ〜」
 走り出したテンマは早々に後悔していた。

 何故、俺は蝶の羽を譲ってもらわなかったんだ!

「ハニー達、俺を捕まえてごらんなさ〜い!って、嘘。嘘だから!追いかけてくんなー!!!」
 テンマとモンスター達の鬼ごっこは、まだまだ続きそうである。