この春に新商品として売り出されたという、青ポーションリキュールをふんだんに使って作られた一口ケーキは噂に違わず美味しかった。
 夕方からは飲み屋になるこの店は、昼間は小洒落たカフェを営んでいる。
無口で愛想のないマスターを気にすることなく、若い冒険者やプロンテラに住んでいる主婦の間では密かにお勧めの店として口コミが広がっていた。
 この一口ケーキは余程早めに店に行かないと売切れてしまうくらいの人気商品で、今自分がそれを味わえることを友人に感謝していた。
「…で、アンタの話って何?」
 普段であれば、こうした呼び出しを持ちかけられるのは友人…騎士の鎧に身を纏った女性のほうが断然に多い。彼女には他人の悩みを聞くという特技があるからだ。
 が、彼女にも悩みくらいあるのだろう。
久しぶりにギルドの溜まり場に顔を出したら、赤い顔をした騎士に話があると持ちかけられたのだ。
 ちまちまとケーキを突付きながら、相手の出方を見る。
味は絶品でも、一口ケーキ。悲しいかな量が少ない。
「…プ」
 相変わらず赤い顔のままの騎士に『風邪か?』と心配もするが、この店に来るまでもしっかりとした足取りだったし平気だろう結論付ける。
「ぷ?」
 あら、このケーキの仄かな酸味が良いなぁ…精神力が回復する感じで。などとケーキに気を取られつつも言葉を待つ。
「…プロ、」
「プロンテラ?」
 中々話さない彼女を促すように言ってみたが、軽く首を振られる。
この騎士が大人しいというのは珍しいのだ。…やはり何かの病気かもしれない。
「プロポーズ、された…」
「あぁ、そう……って、えぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!」
 思わず立ち上がって叫んでしまう。
彼女が病気なんじゃない!彼女にプロポーズしたっていう相手が何かの病気に違いない!
 何故なら自分のよく知る彼女は、ともかく男勝りで可愛げがなく、黙って冷笑を浮かべているだけでB○Tすら避けて通るという…ともかく、血痕ならともかく、結婚には縁遠い存在である。
「…ちょっと驚きすぎ」
「や、ごめん。 ♂アコライトと♂商人と♂アーチャーの区別がつかない自分に気付いた時と同じくらい驚いちゃったよ;」
「どこにツッコミを入れていいのか分からないから!」
 別にそんなものは期待していないのだが、突っ込み体質らしい彼女にはそうはいかないらしい。
「あー、そんなことより! 誰よ、アンタの相手」
 ボッ、と音が出そうなほど瞬時に顔を赤らめると、騎士は目の前のリンゴジュースを一気に飲む。
ぷはー、と一息ついてからボソボソと話始めた。
「お、同じギルドの……最近、よく一緒に狩りに行ってる、モンクの……」
「あぁ、あの爽やか君かぁ!」
 ギルドのマスターの発言により、自分たちのギルドは少し前大勢の人が脱退してしまい閑散としていたのだ。
 やはり賑やかで楽しいギルドが良いということで、新規のメンバーを募集し始めたのがつい最近のこと。
そこで新たにギルドに加入したメンバーの中に、モンクがいたのである。
 騎士とそのモンクはレベルが近いこともあるし、ギルドに早く馴染んでもらうために色々行動を共にしていたのは知ってはいたが。
「あの爽やか君が、アンタにプロポーズねぇ……」
 一昔前の少女漫画……有名作家の名を上げれば、クリスチーネ剛田が書いていそうな漫画に出てくる野球部員みたいな印象をもつモンクを思い出してみる。
 青春とか努力とか、そういう文字の似合いそうな彼が、この血生臭い騎士にどんなプロポーズをしたのかと興味が沸いた。
「で、で? 爽やか君は何て言ってアンタにプロポーズしたの?」
 先ほどまで自分の心を占めていたケーキをそっちのけに、騎士に向き直る。
「いや、普通に……け、結婚してください、って………」
 流石爽やか君。面白味がない。とは、思ってても口には出せずに、矢次いで質問を投げかける。
 ここで彼女が素面に戻ってしまったら、こんな面白いこと話してくれなくなるに違いない(睨まれるか、斬られるかは彼女の気分次第だろう)
「それで、アンタは何て答えたのよー」
 この様子を見る限りでは、オーケイしたのだろうが。
でも、何と言ったのかが非常に気になる。
 ……将来の参考に。
「えー? 普通よ!普通に答えたわよ!!」
 更に真っ赤になる彼女を、ギルドの古参メンバーが見たら卒倒しかねない。
騎士がおかしくなってしまったとか思うだろう。
むしろ彼女の皮を被った宇宙人が侵略しに来たとか言い出しそうだ。
「普通って何! アンタの普通なんか世間一般と大幅にずれているんだから、言いなさいよー」
 ギルドの中では常識人に近いだろうが、それでも自分の価値観に沿って生きてきた彼女は普通という言葉では括れない。
 重ね重ね言うようであるが、ギルドの中では非常にまともなのだが。
「……ふ、普通に、……………から、よろしくお願いします、って…」
「ん? 何からヨロシク?」
 傍のテーブルに座っている他の客が立ち上がった音で、騎士の声が聞き取れなかった。
 聞き返すと、すでに何も入っていないグラスを手でいじりながらもう一度口を開いた。

「交換日記から、よろしくお願いします、って…」

゜ ゜   ( Д )
 なおもグラスをいじりながらモジモジしている騎士を凝視してしまう。
先ほどの騎士のような状態である。
 まさに、どこにツッコミを入れればいいのか分からない。
付き合ってもないのにイキナリ結婚の申し込みか!とか。
この時代に交換日記からかよ!とか。
ってか、それが普通だとアンタ本気で思っているわけ?とか、まぁ色々と。
 一つだけ、分かったことがある。
クールビューティの名を欲しい侭にしていた彼女ではあるが。
 爽やか君とお似合いだと思えるくらいレトロな女であることが、よーく分かって良かったと思うことにした。