頭が痛い…。
喉も、腕も、背中も、体中がどこもかしこも痛い…。
 痛いだけでなく、身体は熱いし…。
泣きそうになりながら目を開けると、人影が映りこんできた。
 熱のせいか、ぼんやりとしていて上手く頭に入ってこないが。どうやら見慣れた人物のようである。
「おう。相棒。目が覚めたか?」
 一番小さい影に声を掛けられた。
が、喉の痛みのせいか返事ができない。苦しそうに眉を寄せるだけになったようである。
「あー、別に何も言わなくていいぜ? 喉が痛いんだろ?」
小さい影――ポイズンスポアはそう言って、額の上に乗せてあったタオルを取ってくれた。
「……ぬるい」
 手に取ったタオルの温度にポイズンスポアも眉を寄せる。
「ど、ど、どうすればいいんだ」
 ポイズンスポアの隣にいるウィザードはうろたえながら、自分こそが病人ではないのか?と疑いたくなるくらいに顔を真っ青にしている。
「と、とりあえずヒール!ヒール!!」
 自分の持っているビタタのカードを挿したクリップを握り締め、レベル1のヒールを寝ている人物に掛ける。
「いや、待て。 病人にヒールは訊かないから」
 それを冷静に止めたのは、同じくポイズンスポアの隣に居たプリーストである。
流石プリースト。癒しのことは良く分かっているじゃないか。と密かにポイズンスポアが思った時、そのプリーストがとんでもないことを言い出した。
「ほら!熱高いみたいだからさ、ストームガストで冷やすっていうのはどうだ?」
「はっ!そうだな!その手があったか!!!」
ガッツポーズで詠唱に入ろうとするウィザードをこの場で止められるのは、もはやポイズンスポアしかいない。
 普段であれば、このプリーストがストッパーなのだが、よほどこの病人のことでオタオタしているのだろう。正常な判断ができないようである。
「待てーー!!!!!! お前ら俺の相棒を殺す気か!!!!!!」
 フェンのクリップを装備していないことを確かめてから体当たりをして詠唱を中断させる。
後から恐ろしい仕返しをされそうだが、相棒の命には代えられない。
「ヒールもダメ。ストームガストもダメ。……本当にどうすればいいんだっつの!!」
 魔物討伐にかけては秀でていても、こうした病気には無力であることを実感している二人にポイズンスポアは大きな溜息を吐いて見せた。
「…たかが風邪くらいで大げさな」
 小声で言ったつもりであるが、二人の耳には充分に届いていたようである。
「たかが、だと?」
「こんなに弟が苦しんでいるんだぞ? 大げさなことがあるか!」
 今日こそ焼きキノコにしてやるぞ、と鈍器やら杖やらを手にする二人。
が、いつも通りそれは達成されないのである。
「……っ」
 病人が出ない声を一生懸命出そうとして訴えれば、注意がそちらにいくし、何よりこの弟が悲しむことはでなきない。
「おら、お前ら。病人がいる部屋で武器握り締めてんじゃねぇよ。看病の邪魔だから出ていけよな」
 目に入れても痛くない、むしろ入れて持ち歩きたいとさえ思っている最愛の弟の態度の悪い(そして口も悪い)ペットに部屋を追い出されてしまう。
打倒きのこを更に強く誓いつつ、先ほど感じた己の無力をまた痛感しながら部屋のドアを見つけるしかできなかった。





 兄たちが追い出されたから、また自分は寝てしまったらしい。と、意識が覚醒してから気付く。
相変わらず身体中が痛いし熱かったが、額だけは冷やされているようであった。
 そこに感じる冷たさがもっと欲しくて、乗せられているものを押し付けようと自分の額に手を伸ばす。
動くのはひどく億劫であったが、ともかく冷たい感触が欲しかった。
 動いたことが伝わったのか、すぐに声が掛けられた。
「ん? 起こしたか?」
 ペットのポイズンスポアではない。
追い出されたはずの兄の声である。
しっかり目を開けて姿を確認する。やはり、兄だ。
「声は出さなくていいぞ……って、昼間きのこが言った言葉じゃないか」
 少し不服そうに口を尖らせたウィザードが動く。
途端に感じていた冷たい感触が離れていって、それで気付いた。
 先ほどから感じていたのは、兄の手の感触だったのだと。
「熱はまだ高いようだからな。きのこは止めたが、やはり冷やすほうが良いだろう」
 ストームガストの詠唱を素早く口の中で唱えているウィザードに変わって、そう言ったのはプリーストのほうであった。
 すぐに詠唱が終わり、ストームガストは発動された。
もちろん、病人に直接ではなく。部屋の端のほうに向かって放たれていた。
そこにプリーストが手を差しくべる。レベルの弱いストームガストだったのだろう。殺傷能力はなく、くべられている手を冷やすだけのようだ。
「…こんなものかな」
 呟いて、手を引く。
それを病人の額に乗せた。
 欲しかった、冷たい感触。
兄たちはずっとこうして、己の手を冷やして乗せていてくれていたのだろうか。
 そう考えると申し訳なさと、嬉しいという思いがこみ上げてくる。
「さて、まだ朝までは時間がある。お前はもう少し寝たほうがいいぞ」
 ウィザードが毛布を掛けなおしながら、そう言う頃には病人は心地よさそうに瞼を閉じていた。








 後日、その話を聞いたポイズンスポアが、
「そんなんタオルなり氷枕なり使えば良かったんじゃねぇのか?」
 との小声の呟きを洩らし、鈍器で殴られファイヤーウォールで焼かれてるのをご近所のアサシンが見ていたらしい 。