話がある、と夜中に呼び出されて来てみれば、Wisで話しかけてきた張本人はすでにデキ上がっていた。
「来たか」
 真っ赤な顔なのに陽気になるとこのないプリーストが出迎える。
「…アンタね、こんな時間に呼び出して何だって言うのよ?」
 隣に座ると、酔っ払いは少し姿勢を正す。
「お前、アサシンだろう。暗闇が怖いってわけじゃないんだから別に良いだろうが」
 確かに暗闇が怖かったわけじゃない。慣れ親しんだ闇を怖がるほど、組織を離れて長い間は経っていないのだから。
「寝てたの! ものすっごい熟睡してたんだぞ? 俺」
 アサシンは注文を取りに来た店員にビールを頼むと、隣のプリーストの手元を見た。
そこには見慣れない液体の入ったグラス。
「あぁ、これは新製品だそうだ」
 アサシンの視線に気付いたのか、プリーストがグラスを持ち上げて簡単な説明をする。
最も、簡単すぎて然程説明にもなっていなかったが。
「ふーん。 で、俺になんか用事?」
 飲み物が来るまで手持ち無沙汰なアサシンはトントンと机を指で叩く。
「…あ、あぁ」
 もう一度、プリーストは姿勢を正すと業とらしい咳をして見せた。
気のせいだろうか? アルコールで赤くなっている頬が心なしか濃くなっているように見える。
「そ、その……なんて言うかだな…」
 プリーストの視線がアサシンの顔から机で音を立てている指に移る。
人間、動くものに目が行ってしまうらしいから、それは仕方なのないことだとしても。
「音、気になって話できない?」
 アサシンは言うなり指を止めると、自分も佇まいを正した。
なんだか分からないが、このプリーストは緊張しているらしい。
「い、いや。そんな事は無いんだが…」
 尚も言い難そうにしているプリーストの横から、店員がビールを運んできた。
それを受け取ると、取りあえず一口喉に流す。
一体何時になったらこのプリーストは話を切り出すんだろうか。
「今から話すことは、その……」
 プリーストが緊張することで、言い難そうで、自分に関係していること……何かあったかな? とアサシンは考えてみた。
 明日からの狩場変更? いや、そんなことを伝えるのにプリーストが緊張するはずがない。それ以前に呼び出さずにWisだけで済む話だ。
 金貸して? どっちかっていうとアサシンのほうが経済状況が宜しくないのはプリーストも知っていることだ。頼むはずがない。

 では、他に何がある?

そこまで考えて、先日聞いた同僚の愚痴を思い出した。
『相方解消、だってさ。…これで3人目だぜ、正直ツライよ』そう言って力なく笑う彼女を何て言って慰めただろうか。
 相方解消。
世界にはプリーストとアサシンのコンビなんて、掃いて捨てるほど居るだろう。
そして、コンビを解消するプリーストとアサシンだって。
「だから、お、俺は…」
 意を決したように、アサシンを正面から見据える。
今度は、自分が同僚に慰めてもらう番かな、と心のどこかで思う。
相方を解消したいと言われても、自分からは何も言えないだろう。
どこにでも居る有り触れた自分のようなアサシンなんかよりも、ハンターやウィザードとかのほうが今よりももっと高みへと行けるハズだから。
 常日頃から強くなることを目指していたプリーストだから、それを妨げることなんてアサシンには出来ない。
だから。
 だから、相方を解消したいと言われたら、「うん、いいよ」って笑って言おう。
そうアサシンは思う。後で泣くにしても、せめてプリーストが目の前に居る間くらいは笑顔でいようと。
「俺は…」
 一呼吸置いてから、プリーストは続きを口にした。
「お前が好きなんだ! 恋人として付き合ってくれ!」
「うん、いいよ……って、ちょっと待てぇ!!!!」
 違う。想像と全く違う。
思わず心に描いていた通りの返事を返してしまったアサシンだが、一応待ったコールをかける。
そんな言葉が来るとは思っていなかったのだ、当然と言えば当然なのだが。
だが、すでに前半の台詞しかプリーストには聞こえておらず。
「マスター! 今日は祝いだ! この新製品をボトルで持ってきてくれ!!」
 などと言っている。
「いや、だから、ちょっと今の返事は違っ」
「お待たせしましたー」
 否定しようにも全く待っていないのにボトルを持ってきた店員に邪魔されてしまう。
何か悪意でもあるんじゃないかと店員を見るが、ニコニコと笑いながらプリーストに「おめでとうございますー」なんて言っているのを見ると他意はなさそうではある。
 アサシンは小さく溜息をつくと自分の目の前に置かれた新製品の酒を呷る。
投げやりな意味ではなく「もう、いいや」と、そう思う。
 自分は一生言うつもりなんか無かったことを、まさかプリーストに言われるとは思わなかった。
「あ、お前何勝手に飲んでる! 乾杯がまだだろうがー!!!!」
「はいはい」
 何故か店に居る全員に酒とグラスが配られ、新しく誕生した恋人達を祝福した。

その宴は日が昇るまで続けられ……一つの悲劇を生むこととなった。






「…おい、起きろ」
 騒いで飲んで、そのまま店で寝てしまったのだろう。
プリーストは隣で幸せそうに眠るアサシンを揺り起こす。
「んー……、ぁ、おはよ」
 昨夜……いや、少し前まで飲んでいたアルコールのせいで重くなっている瞼を擦ると、アサシンはプリーストが機嫌悪そうにしているのに気付いた。
「何? どうかした?」
 アサシンが尋ねると、プリーストは手を自分の顎に持っていき、俗言う考えるポーズをとる。
それから眉を寄せると、一言。
「……何故、お前がここにいる?」
「はぁ?」
 何の冗談だよ、と笑い飛ばそうとしたが、プリーストの目はどこまでも真剣だ。
「この店で夕飯を食べて……そう、確か新製品だという酒を飲んだところまでは覚えているんだが…」
 お前はいつ来たんだと本気で尋ねられるとアサシンは脱力するしかない。



昨日の苦労は、一体何だったのだろう。

相方解消かと悩んだことや、嬉しかったプリーストの言葉、大騒ぎになってしまった宴会のこと、ほんの少しだけ違った形になった二人の関係。
「…マスター、新製品のお酒って何?」
 全てを忘れてしまったプリーストを残し、アサシンは昨夜とほぼ変わらない格好でグラスを磨く店主に尋ねる。
「あぁ、新製品のお酒は『ウォッカ』っていうアルコール度数37.5℃の凄い飲み物ですよー」
 店主が口を開く前に、散乱した椅子やテーブルを片付けている店員が教えてくれた。
「37.5℃……あぁ、何か、もう…いいや」
 アサシンは今度こそ投げやりな意味でそう言うと、目の前のテーブルに突っ伏したのだった。