ノーグロード。
その洞窟の中は活火山の中を思わせる有体で、出現するモンスターも同じく火属性のものが多い。
 道が複雑に別れていて、地図を見ながらでないと迷ってしまいそうになるくらい入り組んでいる。
 二人は、今そのノーグロードの中を走っていた。もちろん地図を見る余裕なんぞない。
「おい! 詠唱しろよ!」
 先を走るプリーストが後ろを振りかえって叫ぶ。
髪から垂れてくる汗を弾く長い睫毛に縁取られた瞳に写るのは、ガスマスクを被り必死で荷物を抱えて走るウィザード。
「無理! 重量が90%越えてるんだよ」
 かなり長い間走っているせいか、息が上がっているのがガスマスク越しに聞こえる。
「じゃぁ捨てろ! 持っているもの何でもいいから捨てて詠唱しやがれー!!!」
「 断 る !!!!!!!!」
 ウィザードのマントをグリズリーの爪が引き裂く。
すでにマントはボロボロで帰ったら新調しないとなぁ、と思った。まぁ、生きて帰れたらの話ではあるが。
「って、そっちこそ速度増加は?! さっきから追いつかれそうなんですけど!!!!」
 今日ここで狩りをはじめた頃には常時掛かっていたはずのスキルが今は無い。移動速度を上げるそれが掛かっていたならば、自分のマントはこんな無残な姿にならなくても良かったハズである。
 喚くウィザードを振り返ると、悪びれるでもなくプリーストは言い放った。
「俺もSPがねぇんだよ! 50%はとっくにオーバーしてるからな!」
「威張るなぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
 そんな会話をしていたら、ウィザードの頭の後ろを何かが掠めた。
「ぅをっ?!」
 少し振りかえって確認してみると、ディアボリックが手にした長い槍を振り回しているのが見てとれる。
「危ねぇー……って、アチチチ!!!!」
 ディアボリックが持っている槍の先端には炎が灯っている。
それが髪の毛に引火したのだろう、後頭部が熱い。
「うわーうわー!!!! ハゲる! 俺のフサフサ黒髪ヘアーがぁぁぁ!!!!!」
 それでも荷物を手放したくないのか、しっかりとそれを抱えて片手で自分の頭を叩く。
「だ・か・ら! 荷物捨てて詠唱して、さっさと倒せって言ってんだろうが!」
 もう後ろを振り返るのも面倒臭いのか、プリーストが叫ぶとやはり同じ返答が返ってきた。
「断るって言ってる!」
 INT特化のプリーストとウィザード。
非力な二人が狩りをしていると起こる弊害がある。
「っだー! 荷物重っ」
 モンスターの落とす収集品がたくさん持てないことだ。
「お前、意地汚いぞ!」
 プリーストの非難に(ガスマスクで見えないが)目を細め、口を尖らせる。
大体の冒険者は、己の倒したモンスターの収集品で生活をしている。
 それはこの二人も例外ではない。
だが、ウィザードには養うべき者たちがいる。いや、長男である自分が養わなければいけないと思っている者たちがいる。
 すでに二次職として仕事をこなしている弟たちであるが、ウィザードにとってはまだまだ幼い子供同然だ。
「今日の稼ぎを捨てるくらいなら、命を捨てる!!」
 無茶苦茶な言い分に、プリーストも閉口する。
この金銭感覚ならば、商人系をすればさぞやり手になるだろうな…と場違いなことを考えるのは、すでに現実逃避なのであろうか。
 ウィザードは、まだ後ろから「ウチの可愛い弟がひもじい思いをしてもいいっていうのか!」だとか「可愛い装備を買って弟に装備させる俺の趣味の妨げをする気か!重罪だぞ、それは!」だとか叫んでいる。
 前者はともかく、後者は弟さんの為に妨げをしたほうがいいような気もしてきた。
このウィザードが、それこそ重罪を犯す前に。
「…おい、変態ウィザード」
「なんだ? ナルシストなプリースト…略して、ナリースト」
 AGIなど無いはずなのに、小器用にディアボリックの槍を避けながらウィザードは返答する。
「略をするなっ! その前に俺はナルシストじゃねぇぇえ!!!!」
 一応否定をしてから、自分もそろそろ息が上がって苦しくなっている事態を告げる。
「はっはっは! これだからINT-LUKの珍ステは…」
 言いかけて言葉が止まる。
「どうした?」と問いかけようとして、見ていた足元から顔を上げると大きな塊が見えた。
 ドロドロと溶けているそれは、こちらに気付いたようである。その大きな塊の周りを浮遊している球体が炎を吐いてきた。
「…ブレイザーに、ラーヴァゴーレム!」
 走りながら身をかがめて炎を避ける。
「のぉぉぉぉ!!!!!」
 途端、後ろで奇声…もとい、悲鳴があがった。
「いきなり避けるな! あぁぁぁ、俺のキューティクル黒髪ヘアーがチリチリに!」
 目の前のプリーストが避けたことで、すぐ後ろを走っていたウィザードは炎の直撃を受けたようである。
炎の属性を帯びるカードを刺したフォーマルスーツを着ているためダメージ事態は少ないが、どっちかっていうと精神的ダメージが大きそうだ。
 そんなウィザードの心配など露ほどもせず、プリーストは提案を一つ話す。
「お前の持っている収集品で一番重いものを、一旦地面に置くってのはどうだ?」
 目の前のモンスターを倒してから、また拾えばいい。と言うプリーストにウィザードもそれならばと賛同する。
「そういう良案は、もっと早く言えよ!」
 それでも悪態を付きながら、ウィザードは一番重い荷物……87個の白ポーションを投げ捨てた。
途端、身体に力が宿る。
「サフラギウム!!!」
 それを見計らって、少ないSPから最適なスキルをかける。
「凍てついて死ね! ストームガストォー!!!!!」
 短い詠唱の後、不自然な吹雪が辺りを包む。
言葉通り凍てつくモンスターにプリーストはリカバリーをかけながら、更なるダメージを与えてゆく。
 その間に「さて、白ポを拾うかな」と辺りを見回したウィザードではあるが、重大な事実に打ちひしがれた。
 焦っていたため、自分がどこにいるのか、どんな場所にいるのかの確認をしなかったのである。
 現在、自分が立っっているのは細い橋のような道の上。下には見るからに熱そうな赤い川が広がっていて、ここで派手な立ち回りは勘弁したいものだと思う。
投げ捨てた87個の白ポーションは、その道の上には見当たらない。
「……俺の白ポは?」
 女性の前で呟けばセクハラになりかねない台詞を呟きながら、それでも道の上を必死に探す。
…いや、探さなくても本当は分かっているのだ。ただ認めたくないだけで。








「NOOOOOOOOOOOOO!!!!!!」
 恐る恐る道の下、マグマの川辺を覗き込むと、そこには無残に転がる白ポーションの瓶。
冒険者が愛用しているだけあって割れていないという頑丈さが今はただ憎い。
 割れてしまっていれば、いっそ諦めも付くかもしれないのに。見える範囲に今日の稼ぎの大半が転がっているのに取りに行く術がない。
「おーし、殲滅完了! おら、変態ウィザード。ポタ出したからさっさと乗れ」
プリーストも橋の下に転がっている白ポーションを見るが、こちらは諦めが早い。というか、これ以上この場に留まっているのは危険と判断したのだ。
 膝をついて覗き込んでいるところを襟足を掴まれて強制的にワープポータルに放り込まれる。
「俺の白ポー!!!!!!」
 ガスマスク越しに聞こえる涙声が、ノーグロードに響き渡った。