まるで、きせきのような。




 これが最後です。と、小さく呟いてから手にした楽器を握り締める。
『イドゥンの林檎』 MHPが低いウィザードである自分をカバーする為に、一番先に覚えてくれた歌だ。
 最初の歌が、最後になる。
真夜中のプロンテラ近くのベンチ。
 周りには誰も居らず、バードとウィザードだけが仄かに灯る街灯の下に居た。
中々楽器を演奏しださないバードを見つめ、ウィザードはずっと考えていた。


 誰よりも、歌が好きで。

バードという職業が世間に広まったことを飛び上がるほど喜んでいたのに。
「長い間待ってて良かった。 これで、僕はもう君の足手まといにはならないよ」と誇らしげに笑ったのは、ついこの間のような気がするのに。
 意を決したように俯いていた顔を上げると、力なく微笑んでから指先を動かし始める。


 バードの喉に悪性の腫瘍ができたと分かったときには、すでに手の施しようがないくらい病状は進行していたらしい。

 誰よりも、歌が好きで。

ぎりぎりまで、腫瘍のことは黙って歌い続け。先日血を吐くまで誰にも気取られるとこなく。
 「一番遅くに転職したのに、一番初めに根を上げるなんて情けないよねぇ」なんて困ったように笑われたら、PTの皆は何も言えないだろうに。


 短いようで長い前奏が終わって、もう生涯聞くことがなくなってしまった彼の歌が始まった。
 今まで以上に、のびのびと楽しそうに。

まるで、奇跡のような歌声。


 この歌に何度助けられ、何度励まされたことか。
この歌と声と共に歩んできたようなものなのに。



まるで、軌跡のような歌声。




まるで、きせきのような。