「あ、ハセ。起きた?大丈夫?どっか痛くない?」
 いつも以上に鎧を重いと感じながら、上から心配そうに見下ろしている青年に軽く頷いて見せた。
しかし、どうにも起き上がることはできなさそうで、困ったように青年を見上げると彼は大声で近くに居るプリーストに声を掛けた。
「ちょっと、そこのオッサン!こっちにも怪我人いるんだから、ヒールちょうだいよ」
 そう言いながら青年はハセヲの上から身体をどかした。
…身体をどかした?つまり、この青年が上に乗っかっていたから鎧が重く感じられたうえに起き上がることができなかったわけだ。
 普通、そんなことにはいの一番に気付きそうなものだが、現在のハセヲの状態でそれは難しい。
「オッサン!キュアもお願いね。暗闇状態なんだから」
 偉そうに指示を出す青年の姿まで、ぼんやりとしか見えない。
何やら自分の横のほうで「23歳にしてオッサン呼ばわりかよ…」と力なく呟かれる声を聞いた気がしたが、それも暗闇効果のせいなのだろうか?(いえ、そんな効果ないから)
「可の者に訪れし災厄を取り除き給え、キュア!」
 視界が晴れる。
と、目の前には見慣れた金髪のハンターと見慣れない漆黒の髪と眼帯が印象的なプリースト。
 2、3回瞬きをしていると、ハンターの青年が抱きついて…いや、体当たりしてくる。
「良かった!ハセに何かあったら近くの人を無差別で射殺してるところだったよー」
 青年の言葉に青ざめるプリーストを少し気にしながら、ハンターを引き剥がそうと努力する。聖騎士である自分の力が彼に劣るわけはないのだが、ハンターは抱きついたまま離れようとしなかった。
「…ミドリ」
 呆れたように、諦めたようにハンターの名前を呼ぶ。
しかし尚も離れようとはしないミドリの肩越しから、どうしたらいいやら戸惑っているらしいプリーストと目が合った。
「回復をしてくださって、ありがとうございます」
 お礼と謝罪はきちんとしなさい、と躾けられてきたハセヲは一応頭を下げる。実際はミドリが邪魔であまり頭は下がらなかったのだが。
「いやいや、回復くらいしかできないもんで」
 プリーストは軽く手を振りながら言葉を返してきた。一見しただけだと、悪い人のように見える外見だが(何せ眼帯と返り血を付けて、ソードメイスを握っていれば悪人に見える)普通の人のようである。
「しっかし、大規模なテロでしたね」
 プリーストの男はあたりを見回して、被害の状況を確認しながら呟いた。
魔力を持った枝を折ることによって召喚されるモンスター。これを街中で放つことを総称としてテロと呼んでいる。
「……テロが起っていたんですか」
 ハセヲは言われてから気がついた。
自分が何故気を失ったいたのか、ということに。
 ハセヲの台詞を聞いて、ミドリはマジマジとハセヲの顔を眺める。
「何、ハセってば覚えてないの?」
「…何を」
 覚えていないことは覚えていないのだが、ミドリが何を覚えていないかを聞いているのかが分からない。自分の名前やミドリについてなら多分覚えているし、しかし知らない女から「これは貴方の子よ!」とか言われていたら身に覚えは一切無いと言い切れる。
 きょとんとしたハセヲの顔をジっと見て、ミドリは「頭でも打ったかな?」とかブツブツ言い出した。
「アンタ、テロの最前線に居たんですよ」
 プリーストが口を開く。
それに便乗してミドリも説明しだしてくれた。
「そうだよーハセ、『テロだ!』って声聞いて僕とランチしてたのに、いきなり走り出すんだもん」
 またしても、ぎゅーっと抱きすくめながらミドリはわざとらしく溜息をついた。
「二人分のコンドルの照り焼きバーガー+アロエサラダの代金は誰が払ったと思うんだよ」
「……それは済まなかったな」
 二人分?自分の分もこのクルセイダーさんのせいにしてないか?お前、みたいなツッコミが口から漏れそうだったが、プリーストは賢明にも音には出さなかった。
「で、魔剣やら深遠やらアークエンジェリンやらで賑わうプロンテラ南に一人で突っ込んでいくんだもん。もー…」
 言いながら、腕の力を強めるミドリを剥がす努力はもうしなかった。
「心配をかけたようだな」
「死ぬほど心配した…ってか、ハセ死んじゃってたら、モンスターもハセを助けてくれなかった人間も全部殺しちゃおうとか思うほど心配したんだから」
 怖い!このハンター怖い!さっきの「射殺しちゃう」云々も本気だったんだ!!!とプリーストが心で叫んでいるのだが、心の声を聴ける人もいないし「早くこのハンター達から離れたほうが賢明ですよ」と忠告ときっかけを与えてくれる親切さんもいなかった。
「ミドリ…」
 あーもー、クルセさんもこんな怖い台詞で感動して頬なんか染めちゃってるし!間違ってるから!
思っていることを口に出せたらどんなに楽だろう。
 まぁ、口に出した瞬間に楽に死ねるって話も無きにしも非ずだが。
「あ」
 何かを思い出しかのか、ハセヲが急にもがき出した。
「ミドリ!時間、時間!」
 離してくれと言わんばかりに背中を叩かれて、ミドリはあからさまに嫌そうな顔をする。
「ちょっと、オッサン。今、何時?」
 顔だけをプリーストのほうに向けて訊ねる。もちろん、ハセヲを離したりはしていない。
「今…あぁ、丁度2時30分だなって、オイ!俺はオッサンなんて呼ばれる歳じゃねぇ!」
 プリーストの言葉にミドリは、仕方なさそうにハセヲを解放した。
「約束の時間って確か…1時だったっけ?」
「そうだ。1時にギルドの溜まり場に来いって」
「ってか、俺は無視か?!無視ですか?!」
 オッサン呼ばわりの上にシカトときましたよ奥さん…、とブチブチ言いながら地面に『の』の字を書き出したプリースト。このハンターと関わった者は大抵ぞんざいな扱いをされ皆似たように打ちひしがれている。
 例外は一人だけいるけど。
「プリーストさん」
 ハセヲは『の』の字を消さないようにプリーストの横に回りこんでから話しかける。
「たいへんお世話になりました。あの、俺達は用事があるので、これで失礼させていただきます」
 ペコリとお辞儀をしながら言うクルセイダーに、プリーストも笑顔を見せる。
ハンターは失礼極まりない奴だったが、このクルセさんは好感が持てる人だなぁ、と考えた瞬間にハンターと目が合った。
 子供が見たらトラウマになりそうな目つきでプリーストを睨んでいる。
『ハセは僕のなんだから、手ぇ出したら獣に喰わせるぞコラァ』みたいな視線は気のせいではないだろう。・・・子供どころか23歳プリーストでもトラウマになりそうだ。
「さ、ハセ。さっさと行こう!」
 それも一瞬のことで、ハセヲが振り向いた時には嬉しそうな笑顔になっていた。
その変わり身の早さにも恐怖を覚えつつ、プリーストは去っていく二人の背中に呟いた。
「…テロも怖いが、あのハンターのほうが怖い」




「あー、テロ怖かったねぇ、ハセ」
 約束の時間は過ぎているので、早足で歩きながらミドリは前を行くハセヲに話しかける。
「お前でも怖いと思うことがあるんだな」
 振り向きもせずに返すハセヲに、口を尖らせながら反論する。
「えーハセ、超失礼だよ。僕にだって怖いものくらいありますー」
「へぇ?」
 今度はちゃんと振り向いて、「何が怖いんだ?」と目だけで問うと、嬉しそうにミドリは口を開いた。
「ハセ!僕にはハセが一番怖いよ」
「俺?」
 そんなに怖いかな?と、自分自身を顧みるが心当たりが全くない。
「ハセを怒らせたり、悲しませたり。ハセに嫌われちゃった日にはもう…うっわ、考えるだけで怖い」
「…なんだ、それは」
 呆れたように言うハセヲに、尚も続ける。
「だから、今日もハセが死んじゃわなくて良かった」
 にっこり笑いながら言外に「ハセを奪うきっかけにるかもしれないテロも怖い」と言うミドリに、ちょっと照れたように、ちょっと怒ったように言う。
「そう簡単に死にそうにみえるのか?俺が」
「そうじゃないけど。ハセヲ症候群患者には、ハセのちょっとしたことでも過敏に反応しちゃうんだもん」
「……なんだ、それは」
 そんな症候群聞いたことがない。
「世界に一人、僕だけが掛かっていい病気だよ」
 ハンターの物言いが良く分からなくなるのは、いつものことなのでクルセイダーは少し首を捻るだけで、別のことを言うために口を開く。
「俺も怖いものがあるんだが」
「なになに?」
 もしかして、ハセも僕と同じこと言ってくれるのかなーなんて思って目尻の下がるミドリ。


「…約束の時間をこれ以上遅れて、新しいギルドの人達に悪印象持たれるのが怖い」

 その後、ガックリ肩を落としながら挨拶をするハンターにギルドの面々がハテナマークを飛ばしたらしい。