面倒臭いことは、好きじゃない。

初めは覚えてもいなかったし、正直鬱陶しかった。

でも…笑いかけてくれる笑顔が柔らかくて、温かくて。

いつしか、会うことを面倒臭いなんて、存在を面倒臭いだなんて思うことは露ほどなくなって。

 自分にとっては億劫でしかたのない道のりも、会話も、全て全てあの笑顔のためだったのに。

「……」

きつく抱きしめると崩れてしまいそうで、それでも力の入ってしまう身体はどうしようもなく。

  「…ごめん」

一体、自分が何に対して謝っているのかもわかってなかったが。それでも謝るしか、それしか言葉が浮かんでこなかった。

「転職、したんだな」

数時間前までは新品であったはずの、その鎧を見て呟く。

「…思った以上に、似合ってるじゃないか」

身体の小さい剣士には鎧は不恰好なんじゃないかと言ってからかったことがある。

「制服、見たぞ。……見たんだから」

目を、覚ませ。




言葉は音にはならなかった。









「…さぁて、どする?」
 一枚の写真を持ち帰ったウィザードが後ろから声をかける。
剣士の身体を近くの木に凭れ掛けさせると、アサシンは彼の頬に手を当てた。
痛みか、はたまた恐怖かでかは分からないが剣士の目に浮かんだ滴がその拍子に零れ落ちた。
 それを指先で拭い、瞼を閉じさせる。
髪の色と同じ明るい色の瞳が見えなくなった瞬間、アサシンの中でやらねばならない事を思った。
 それは。
「……面倒臭い」
 それは、非常に面倒臭いことであったが。
その声でアサシンがこれから何をするのかを悟ったウィザードも、心中面倒臭いと思う。


 それでも、やらなければならないのだろうけど。






三人はプロンテラで購入した最も高価なお茶を楽しいでいた。
 いや、お茶だけで楽しんでいたわけではない。
彼等は今自分達がしてきたことに対して凄く高揚していたし、良い気分だったからだ。
「いやー、まさか黄金蟲が出てくるとは思わなかったよ」
 程よい温度まで下げられたお茶を一口啜りながら、眼鏡をかけた青年は口を開いた。
先ほどからこの話題で賑わっていたのである。
「ですよねぇ。アブラカタブラかぁ…またやってみたいですね」
 それにローグが答えるが、丁寧な言葉なのにニヤけた口調が台無しにしている。
「でも変な顔してたぞ? あのセージ達」
「いいんだよ。彼等だってお金さえ貰えれば、またアブラくらいしてくれるさ」
 お金で雇ったセージやダンサー、バードを思い返す。
クラスチェンジで出た黄金蟲を退治するわけでもなく、そのまま引き連れて行く三人を訝しげに見ていたのだが。
「それに」
 また一口。
やはり高価なお茶はとても香りが良い。
青年はそれを堪能しながら、言葉の続きを言う。
「あのセージ達が何か言ってくるようだったら……他のセージにでも頼んでさ」
 また、殺しちゃえばいいよ。あの、忌々しい剣士達みたいにね。
そう言って、更に一口お茶を飲もうとして気付いた。
 赤い液体が、カップの中に入っている。
それはお茶と混ざることなく、ゆらゆらとカップの底に落ちて行く。それを見ていると小さな悲鳴が上がった。
「…ひぃっ! お、お前……!!!!」
 青年が顔を上げると、三人しかいないはずの自分の部屋に見慣れない者がいるではないか。
見慣れない…いや、一度見たことのあるその人物は今しがた自分達の放ったモンスターの餌になった者と一緒に居た―――。
「あの、アサシン!?」
 血に塗れたカタールを青年のほうへ突き出しているアサシンを見やると、自分の隣から何かが倒れる音が聞こえた。
 音に反応して顔をそちらに向けると、首が千切れかけたプリーストが倒れていた。
カップを手にしたまま倒れているところを見ると即死だったようである。
 ポタリと自分達が囲むテーブルに、血が垂れた。
アサシンのカタールからプリーストのものであろう血が落ちているのだ。
その音で、自分達が命を狙われていることに気付く。
「お、お前、なん…なんで!」
 この国では、人殺しは御法度である。
詳しい国の定めた規約などを知らなくても、そのことだけは誰もが知っていることであるし、冒険者は特に各職業のギルドから言われているはずであるが。
「なんで? 愚問だな」
 そう言い放つと、前に突き出した腕をそのまま右後方へ持っていく。
「ぐっ!?」
 後ろにまわっていたローグの腹部に深々と突き刺したカタールをゆっくりと回転させる。
そうすることにより致死率が向上するのは、暗殺者の中では常識である。
 自分の中でゆっくりと回る刃の回転を止めたいのか、それを掴み力を入れるが無駄な足掻きであった。
 ポタリと、またしてもテーブルに血が垂れた。アサシンの腕を伝い、ローグの血が止め処なく。
「あ…あ……」
 青年の口からは、もはや意味のない呻きしか漏れず。
ローグの身体から抜き出された刃が自分に向かって振り下ろされるのを、呆然と見ているしか出来なかった。


 優雅に行われていたお茶会は、三人の血の交ざったテーブルだけが記憶していた。









next