ボロボロの身体を引きずりながら、ウィザードは近くにいるプリーストを見上げた。
その視線に気付いたように、プリーストのほうも見下ろしてくる。
 これが恋人同士であれば甘い雰囲気にでもなりそうなものではあるが、如何せん彼らは恋人同士ではない。むしろ、犬猿の仲である。
「…おい。イーロンさんは俺を殺す気か?」
 ウィザードが口を開く。
商人で賑わっているプロンテラの和やかなムードとは似つかわしくない台詞ではるが、彼の服はところどころ破れ、全体的に憔悴しきっている様ではその台詞は非常に良く似合う。
「お前が弱いのがいけないんだろう」
 イーロンと呼ばれたプリーストはその秀麗な眉毛を少し動かしただけで、さほど大したことでもないような口ぶりで返答した。
「は?ウィザードが紙装甲なのは世界の常識だぞ?!ってか、イーロンさん信じらんねぇ!『俺は支援プリ』だなんて日頃言っているわりにはステがint−Lukじゃないか!」
「そんな情けない常識なんか覆せ!それにLukに振って何が悪い!!テレポ持ってなくて何が悪い!!」
 ぎゃあぎゃあと二人で人の目も気にせずに騒いでいるとき、彼らの位置より南のほうで騒ぎが起こった。
突如として現れた轟音と、その発信源。
「…テロだな」
 イーロンは小さく呟くと、我関せずといった顔(と言ってもガスマスクを装備しているためいまいち分からないのだが)をしているウィザードの首根っこを掴んだ。
「さて、仕方ないから鎮圧に行くぞ」
「はぁ?!ちょっと待て!俺の今の状態を見ろ。しっかり見ろ。がっつり見ろ!」
 また冷ややかな視線で見下ろすと「見たぞ」と一言言って引きずっていこうとする。
「本当に見るだけか!俺、今ちょっと…いや、かなり可哀相なくらいボロボロだろが!こんなんじゃモンスターと戦えない!戦っても生き残れない!!」
 微妙某ライダーのキャッチコピーみたいなことを言いながらウィザードが駄々を捏ねるのも仕方がない。
今の今まで、二人は時計塔に行ってきていたのだ。冒険者の間では『廃屋』の名で親しまれている場所に長時間篭っていたのである。
「……マグニフィーカート!」
 遅い詠唱のあと、イーロンが発動させたのは魔力や精神力の回復を早めるスキルだった。
廃屋では次々と襲い掛かってくる敵の数に、ついにウィザードの精神力が尽きたのがプロンテラに戻る理由の一つになっていたからでる。
「ほら、これで魔法も使えるだろう」
「えー…超面倒くさい」
 尚も嫌がるウィザードの頭を本の角で殴ってやろうかと思ったが、仮にも自分は聖職者。本の腹で殴ることにした。
本を振り上げて、視界にある人物が入ってきた。自分もウィザードも良く知っている人物だ。
「あれ?テンマだ」
 イーロンが呟くと、その視線を辿ってウィザードも彼を見つけた。
「うっわ、あいつ何やってんだ?」
 BSであるテンマは露店をやっている。
それは言ったウィザード自身も分かってはいる。彼が言いたいのは、もう少しでモンスターの攻撃範囲に入りそうになっている最中、逃げ出しもせずに露天開いてのほほんと何故しているのだ、と問いたいのだろう。
「……寝露店?」
「………だな」
 テンマはウィザードの幼馴染である。
同時にイーロンは彼の製造の相方なのだ。
「ぁ。カーリッツがテンマに近づいてるなぁ」
 のんびり言っているが、ウィザードの手には骸骨の杖が握られている。
イーロンも本を改めて抱えなおし、頭にはエルダーウィローのカードを挿したビレタを被る。
 深遠の騎士から剥がされたのだあろう、取り巻きの一匹のカーリッツバーグがテンマに近づいている。
二人とテンマの距離は少し遠い。が、あまりそれは関係ないのだ。
「ブレッシング!サフラギウム!!」
 自分ではなく、ウィザードの先に彼の補助をする魔法を掛ける。
それを感じてからウィザードはテンマとカーリッツとの間に向かって手を伸ばた。
「凍てつけよ! ストームガスト!!」
 突然の吹雪に見舞われたカーリッツは、その刃の矛先をウィザードとイーロンに向ける。
が、その吹雪の威力で自身が凍り始めていることにカーリッツは気付いていなかった。
「イーロンさん!」
「…サフラギウム!」
 二度目のこの魔法を貰い、凍っているカーリッツに標準を合わせてウィザードは新たな魔法の詠唱に入った。
「……ユピテルサンダー!」
 凍った体は電気を良く通す。
崩れ落ちるカーリッツを横目で見ながら、テンマの露店に二人で近づく。
「……あーあ、完全に寝てるな」
 大きな溜息と共にガックリと肩を落とすイーロン。
「…!」
 ふいにウィザードの足元に矢が飛んできた。
振り返ってみていると、そこにはレイドリックアーチャー。
 テロの発信源はもっと南のほうらしいが、数が膨大で今現在プロンテラにいる冒険者では裁ききれないのであろう。
段々と、敵が北上してきている。
「…騎士団、何やってんだよ?」
 こういったテロの鎮圧はプロンテラお抱えの騎士団の役目である。
が、発生からさほど時間が経っていないからであろう。まだ騎士団の姿は見えない。
 ヒュ、という軽く風を切る音と共にテンマの露店の売り物に、深々と矢が刺さる。
「ぁ、s付きゴーグルが!」
 ウィザードのどこか違う叫びに「…こいつも変」とだけ呟くと、イーロンは敵に向かってホーリーライトを唱え出した。
その間にも飛び交う矢。結構、刺さる。
「お、おい!イーロンさん!!ホーリーライトよりも回復!ってか、ニュマくれ、ニュマー!!!!」
 素早くないウィザードはかなりの矢が刺さる。もちろん、製造BSテンマにも。
寝ているテンマはもしかしたらこのまま一生目が覚めることはないかもしれない。
「…黙れ。俺はテレポがないって言っただろう!」
 ホーリーライトを唱え終わったイーロンが言い放つ。
「凄い支援プリだな、お前ぇぇぇぇ!!!!」
 自分のレベル1のヒールで何とか耐えているウィザードの突っ込みにも負けず堂々としているイーロンは確かに凄い。
むしろ攻撃をウィザードに任せずに自分でしちゃおうっていう発想がすでに凄い。
 そういう良く分からない凄さを、何勘違いしているのか知らないが「…ありがとう」などと素で礼を言うイーロンも変なのであろう。
 所謂、『類友』ってやつだ。
このテロの鎮圧にはたっぷり30分の時間を要した。結局、騎士団よりも大聖堂からの派遣が早かったらしく、戦っている冒険者の支援をし出してかなりあっさりとその場は収まった。
「……こいつ、何時まで寝るつもりなんだ?」
 起きる気配の全くない自分の幼馴染に軽く腹を立てつつ、ウィザードは呟く。
意見の尽く合わない二人ではあるが、この時ばかりは同意見だった。
「全くだ」
 イーロンも力なく呟くと、テンマを起こすため本の角を彼の頭に標準を定めた。