「たいちょ〜v 食べてます?」
のんきな声と共に体当たりを食らわされて持っていたグラスから少量のジュースが漏れる。  あぁ、ブドウジュースがもったいない…。なんて思いながらも、同時に怒りが沸く。
「おい、お前ちょっと飲みすぎじゃないのか?」
 よくよく見てみると、自分にぶつかってきたアサシンは片手にビールのジョッキ、片手に料理の盛った皿を抱えてヘラヘラ笑っていた。
 頬が赤いのは例年稀に見る猛暑のせいじゃないだろう。
「俺は平気っすよ〜? それより、隊長、これマジで旨いんで食べてみてくださいって」
 勧められた料理を見て溜飲が下がる。
そこには自分の好物しか乗っていなかったからだ。
「ふむ。普段気のきかないお前にしては、良くやったな」
「なんスかそれ〜? ここの『3kぽっきり食べ放題(ドリンク含む)』を見つけてきたのだって俺じゃないですか」
 有能な部下なのに〜、と科を作って泣き崩れるマネをするアサシンを綺麗に無視しながら料理の乗った皿を手に取った。
盛られている料理はどれも美味しそうに食欲を掻き立てる香りを放っていた。
 実際、ここの店の料理が絶品であることは知っている。
(目の前のアサシン含む)固定のPTメンバーとも何度もこの店を利用しているからだ。
 首都にしては珍しく地味な店の店名は『虹色四葉』。知る人ぞ知る、といった隠れた名店なのだ。
普段、この店は食べ放題なんてことはやってない。
 今回試験的に実施されるのを、このアサシンが嗅ぎ付けて自分も参加することになったのだ。
しかし……この料理、この酒で3k……店の運営は大丈夫なんだろうか?
「たいちょ? どうしたんスか〜? 料理見ながら固まっちゃって」
 泣き崩れるマネに反応しない上司を心配そうにアサシンが覗き込む。
「あ、あぁ。 別に、ただの考え事だ」
どんなに自分がこの店の経営を心配したところで、どうにかなる話ではない。
 ふぅん、とそれに相槌を打ってからアサシンは思い出したかのように、懐から何かを出してきた。
小さな瓶には、粉のようなものが入っているのが見て取れる。が、それが何なのかまでは分からなかった。
「これはですね、俺特製隊長専用香辛料です!」
 ジャジャーンと自分で効果音をつけて目の前に小瓶を突き出してくる。
今両手が塞がっていなかったら有無を言わさずに地面にそれを叩きつけているだろう。
「そんな怪しげなものはいらん」
 目一杯嫌そうに答えたら、またしてもアサシンが泣きマネを始めた。
「そんな〜そんなぁ〜! 俺が頑張って昔の知り合いに頼み込んでコモドの香辛料パチってきてもらったのに〜〜」
 コモドの香辛料…、つまりはコセラセラなのだろう。
この前、PTでコモドに行ったときに食べたバーベキューで自分がその香辛料をいたく気に入っていたのを覚えていたのだろうか。
「持ち出し禁止のところを法を破ってまで持ってきたのに〜」
 って、ちょっと待て。
そういえば、そうだ。コセラセラはコモドの外に持ち出すことができないはずだ。
 未だ「隊長のためなのに〜」と泣き真似をしているアサシンは、自分の上司から立ち上ってくる怒りのオーラを感じ取れて居ない。
近くのテーブルに手に持っていた皿とジュースを置く。オーケイ、これで両手が自由だ。

「っの、馬鹿アサシンが!!!!!!!!!」

 居酒屋レストラン・虹色四葉が試験的に行った食べ放題は、一人の騎士と一人のアサシンの壮絶なるバトルの場となり……………惜しむ声も多数あがったのだが、この企画はなかったことになったのだった。