そのクルセイダーと騎士の双子は、小さな幸せを噛み締めていた。
同じ顔を互いに見合ってから、その手にした箱を眺めては笑みを溢す。
手にした箱が夢幻ではないことを確認し合うと、二人は同じタイミングで声を出した。
「ひっさびさのレアだな!」
「ですよね! これで家に帰れますー」
 青くて古い箱。その箱には何が入っているかは分からないが、冒険者の中にはそのギャンブル性にハマり高額で買い取ってくれる、双子にはありがたいものなのだ。
「今月分と、滞納している先月分も賄えるかなー」
 兄である騎士が嬉しそうに言うとクルセイダーも大きく頷いた。
「これで暫くは借金取りに怯えないでもすみますね」
 もっとも、どんなに脅されても怯えたことなどないのだが。
箱を大事そうに袋に入れると、双子がの目の前の通路からレクイエムが顔を出した。
 目標金額には達したが、まだまだ体力にも気力にも余裕がある。
そんな状況ではレクイエムは敵ではなく、カモでしかない。
 双子は笑みを浮かべて視線を合わすと、両手剣と槍をそれぞれ構える。
「あっおっはっこ、よこせー!」
「借金返済ー!」

 ツーハンドクイッケンとスピアクイッケンをかけ、嬉々としてレクイエムに攻撃を仕掛ける様は金の亡者に見えるかもしれない。
……かもしれない、というよりは、そのものである。

 何しろ、彼等には多大な借金があるのだから。





「たっだいまー」
「今帰りましたよー。良い子にしてましたか?」
 その後はレアは一切出ず、歯茎だとジャルゴンだとかの収集品だけが袋を圧迫してきたので双子は帰路についたのだ。
帰宅の挨拶を家に響くようにすると、奥から彼等の『弟』がトテトテと歩いてきた。
「おかえりなさぁい」
 先日4歳の誕生日を迎えたばかりのその子は、双子の姉の忘れ形見である。
ギャンブル狂の姉の借金と子供を強制的に任された時はポジティブシンキングが取り柄の双子も青くなったものだ。
 だが、心細くて泣きじゃくる幼子を見捨てるわけにもいかず、弟として育てることを誓って早2年。
今では溺愛と言っても過言ではないほど可愛がっていた。
「おかえりさない。やっと何か出たんですか?」
 弟についで、奥から出てきたのは騎士の後輩である。
『何かレアなものが出るまで帰ってこない』という良くわからない宣言をしてから出かける双子なもので。当然、家に残されている幼い弟の面倒は他の誰かが見るハメになるのだ。
 家政婦を雇う余裕など1ゼロピもない双子である。
思いついたのは、自分達の後輩に任すことであった。
生前の姉が良く自分達にしてた『年上命令』を、今度は双子が後輩にすることにしたのだ。
「おう! 青箱が出たんだぜー」
 騎士が誇らしげに胸張って言う。
その鼻息からよほど嬉しいんだろうと思うと、騎士の後輩も嬉しそうに微笑んだ。
その微笑のうち半分くらいは、やっとこっちも家に帰れる、という思いも入っているのだが。





 後輩を帰してから、簡素な夕飯を食べる。
久しぶりに家で食べる暖かな食事と弟の無邪気な笑みは双子の疲れを癒してくれる。
「…ねぇ、あおはこってなぁに?」
 食事も終盤に差し掛かった頃に弟が訪ねてきた。
弟にしてみれば、新しい単語の意味を知りたかっただけだろう。
だが、双子は答えを言いよどんだ。
 何しろ、ギャンブル狂の姉の遺伝子を受け継いだ子供である。
何が入っているか分からないけど高額で取引されるありがたーい箱だよ、という説明では興味を煽るだけではないか。
「こ、これはだな、えーと、えーと……そう!パンドラの箱だ!」
「ぱんどら?」
 大事そうに食器棚に飾られた箱を指差しながら騎士は思いついた説明をしだした。
「そ、そう! パンドラの箱っていうのは、開けるとおっそろしいお化けとかお化けとかお化けが出てくる箱なんだ」
「…お化けばっかじゃないですか;」
 クルセイダーの突っ込みは無視をする。
咄嗟の言い訳にしては自分では上出来だと思っているからだ。
「おばけ?」
「おう! 兄ちゃん達でも太刀打ちできないお化けが出てくるんだ!」
 納得したのかしてないのか分からない顔で弟は青箱を見ると「ごちそうさま」と食卓を後にした。
「…あんな説明で納得してくれたんでしょうか?」
「あれだけ言えば勝手に開けたりはしない…よな?」
 少なくとも『お化けが出てくる』なんて脅されれば、騎士なら絶対に開けない。むしろ近寄ったりもしないだろう。
 それは同じ感覚の持ち主のクルセイダーも同じで。
「まぁ、お化けなんて言われれば、どんな強い猛者でも開けたりはしないでしょうね」
 などと頷いていた。







 翌日また双子が新たに狩りに出かけた後、子守りを仰せつかったクルセイダーの後輩が弟に尋ねられ「パンドラの箱からは、最後に希望が出てくるんだよ」と教えられることを双子は知らない。

 勝手に青箱を開けてしまうことも、未鑑定の頭装備が出てくることも。




それが青箱の何倍もの高値であるシャープヘッドギアであることも。


何も知らず、双子は只管借金返済に励んでいるのであった。