一行がそこを訪れたのは、すでに日が落ちかけていて、空を朱に染め上げている頃だった。
グラストヘイム。古城の愛称で知られているそこは、冒険者が日夜モンスター討伐に訪れる場所である。
その一行は、いわゆる臨公パーティーというものだった。
だが、どうやらクルセイダーとハンター、そしてプリーストは知り合いのようである。
「ねぇ、ハセ。別にこんな大人数じゃなくても、グラストヘイムくらい僕達だけでも来れるんじゃない?」
長い金糸の毛先を摘みながらハンターがクルセイダーに話しかける。
「いつも二人だけだと、パーティスキルが上達しないだろう」
ハセ―ハセヲは、自分の相方であるミドリに言う。
彼の言う通りハセヲとミドリだけの二人でも充分グラストヘイムに来れるのだが、見方の人数が多い時の動きも習得したいとハセヲは考えていた。
「…よりによって、イーロンさんとかも居るしね」
ハセヲに向けていた笑顔をプリーストの方に向ける。
同じ笑顔であるはずなのに、寒気を感じるのはプリーストだけじゃないだろう。
「俺のヒールだけでは心細いからな」
クルセイダーであるハセヲも、一応癒しを使えるのだが如何せん威力が弱い。
それに支援魔法があったほうがミドリの弓の技術も普段以上の威力を発揮するはずだ。
そのことは分かっていたので、ミドリはそれ以上イーロンについては何も言わなかった。
「…で、もう一人なんだけど」
現在、彼等は三人でグラストヘイムの監獄にいる。
「さん……どこ飛んでいっちゃったんだろうな」
当初この場所に来た時は四人であった。
「さんも面白いよなぁ」
先ほどミドリに睨まれて小さくなっていたが、話題が自分ではなく今はいないのことになったのでイーロンも口を開く。
「狩場についた途端必要もないのに蝿の羽で飛んだ人、俺初めて見ちゃったよ」
何をしようとしたのかは分からないが、は狩場について「さぁ、頑張りましょうか」と思った途端に蝿の羽誤爆をしたのだ。
飛んでしまった直後は良かった。
パーティを組んでいる者同士は遠くにいても会話ができる。
それで蝿の羽の誤爆のことを本人に聞いたのだが、会話がそこで途切れてしまったのだ。
「あ、パーティもギルドも死んだ」
と言ったのはミドリだったか。
度々世界は重くなる。重くなると魔法やスキルを使うのが困難になったら歩けなくなったり、今回のようにパーティ機能が不能になってしまったりするのだ。
つまり、現在ミドリ・ハセヲ・イーロンとは完全にはぐれてしまっている状態であった。
「迎えに行くにも、場所が分からないからな」
ハセヲが困ったように呟く。
これで自分たちまで動いてしまって、と行き違いにでもなったら…と思うと行動に移せない。
「でも、さんってだよね。そうそう死なないんじゃない?」
ミドリが興味なさそうに言う。
実際、興味はないのだろう。彼の興味は100%目の前にいるクルセイダーに注がれているのだから。
それを嫌ってほど知っているイーロンは、その言葉に軽く頷きかけて止まってしまった。
で監獄ソロって大丈夫なんだろうか…?
自慢じゃないが、イーロン自身は到底無理である。多分、瞬殺…いや、ソロで来ようとすら思わないだろう。
なんとなく、誰かが代表して探しに行ったほうが良いんじゃないかと。
これで初対面のパーティメンバーが屍になっていたら後味が悪い。
そう思って、ミドリかハセヲのどちらかに探しに行ってもらおうと口を開きかけた。
ここで言葉を発さなかったのは、イーロンが成長した証拠であろう。
どちらかが片一方でも探しに行くことになってみろ。多分、イーロンの命はない。
『僕のハセ』と公言して憚らない某ハンターに射殺されるのは火を見るよりも明らかだ。
二人を離れ離れにはできない。かといって、自分一人で監獄をうろつけっていうのも無理である。
究極の二択であるが、どちらを選んでも命の危機。
「イーロンさん? どうしたんだ、さっきから黙って」
ハセヲが様子の違うイーロンに気付いたのか、心配そうに声を掛けてきた。
「そうだよ、どうしたの? …僕のハセに心配させて?」
ドス黒い声も掛けられて、イーロンの心の天秤が揺れた。
やはり、ここは自分が探しに行くしかないか。
自分に速度増加を掛けなおす。
を探して随分経つが、一向に見つかる気配がない。
「さーん! 隠れてないで出ておいで〜」
そう言った直後、自分が知り合いの製造BSに似てきたんじゃないかという危機感に襲われたのは秘密で。
もう一つ秘密をバラしてしまうと、イーロンは純支援のプリーストではない。
ステータスのINTはカンストしてはいるが、サブで上げているのはLUKである。
『個性的であれ!』と憧れの先輩に言われたのが元らしいが、立派なネタプリなのだ。
更にいうなれば、遠距離攻撃を無効化できる便利スキルのニューマも習得していない。
持っていれば小金を稼ぐのに丁度良いワープポータルも無い。
………ここまで言えば大体予想が付くと思われるが、テレポートもないのだ。
人探しには全く向いていないプリーストであるが、ミドリ怖さにを探して数十分。
急に、身体が軽くなった。
「…あ、れ?」
どうやらパーティの機能が回復したらしいのだが。
『あ、繋がったみたい』
(聞きたくも無い)ミドリの声が聞こえてくる。
『イーロンさん、ごめんねー?』
やたら嬉しそうなミドリの声に、イーロンは足を止めると眉を顰めた。
ミドリは嬉しそうでも不機嫌そうでも、イーロンにとって得になるような話をしたことがない(多分、向こうもする気もないだろう)
『今、首都』
「は?」
何を言われてもダメージを受けないようにヒールの用意をしていたイーロンであるが、予想の範疇外のことを言われ思わず間抜けな声を出してしまった。オープンで。
『首都って…ハセヲさんも?』
気を取り直して聞き返す。
『うん! 僕とー僕のハセとー、さんも』
「へ?」
またしてもオープンで。
近くに誰もいなくて良かったと思う余裕がイーロンには無かったけれど。
『実はねぇ、イーロンさんがさんを探しに行ってすぐに僕達の居る場所はパーティ機能が回復したんだよ』
突っ立ったまま聞いていたイーロンであるが、すぐに走り出す。
近くにリビオが見えたからだ。
『だからね、さんから連絡があって』
もう一度、速度増加を己にかける。
突き当たりを右に曲がると、スケルプリズナーと鉢合わせをした。
『あっはっは! イーロンさんの言う通り、さんって面白いねぇ』
今現在イーロンはヒール砲に必死で面白くもなんともないのだが、それは向こうには伝わってないだろう。
『使っちゃったのは蝿の羽じゃなくて、蝶の羽だったんだってさ』
「な、なんだってー!」
思わずの突っ込みは、スケルプリズナーに入れることになった。
相手がいただけマシと思うことにしよう。
『だから、僕達も街に戻ってきたってわけ。オーケイ?』
なるほど。と納得したイーロンであるが、物凄い困っていた。
スケルプリズナーからのドロップを拾い上げ、自分の道具袋に入れる。
と、同時にゴソゴソと袋の中を探るが……目当てのものは見つからない。
『そんなわけで、イーロンさんも首都に戻っておいでよ。………戻ってこれたら、ね』
『お前な! グラストヘイム着く前に帰りに蝶の羽くれるって言ってたじゃないか!!』
先ほども述べたように、イーロンはテレポを持っていない。つまり、道具を使わなければ街に戻る術がないのだ。
『僕とハセの間に入ろうとする者は、誰であろうとコロスよ。…ちなみに、ハセとさんはパーティ機能が回復していない清算広場にいるので、この会話は聞いてませーん』
先ほどから黒いのを全面に押し出しているし、会話がミドリとだけでおかしいと思っていたが、まだ世界はところどころ重くて不調らしい。
「いや、別に間に入ろうだなんて露ほど思ってないから! ないから!!!」
オープンです。
またしても身体が重くなってきた。
パーティ機能がまたしても不通になったようである。
ソロでは絶対に来ないであろうグラストヘイム監獄。
イーロンが無事自力で脱出できたのか、それともカプラサービスのお世話になったのか。
彼の口から語られることはなかった。
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