その一行が街に着いたのは、夜も随分深まった頃だった。
時計塔が目印になっているアルデバランから歩いて来たのであろう。ジュノーの街の入り口で立っていた警備員は、その一行の疲れ果てた顔を見て苦笑した。
この辺鄙な街に来るものなど少ない。
来たとしても、転職だとか目的がハッキリした者達が多いの現状だ。
しかし、この一行はすでに皆二次職で、転職というよりは……。
「ジュノーに観光しに行きたいなんて、言うんじゃなかったなぁ」
少年と言っても差し支えのないプリーストが自分の裾についた砂は叩きながら呟いた。
やはり転職ではなく観光目的だったのか、と合点がいった警備員は、その一行のリーダーらしき人に向き直ると事務的なことを口にした。
「…はい。手続きは以上で完了です。ようこそ、ジュノーへ」
後半部分なんて特にRPGゲームではありがちな台詞であるが、警備員は特に気にしたことはない。
気にしたのは一行の殿を勤めていたハンターのほうである。
ハンターは心の中で「どこの街の警備員も『ようこそ、○○へ』って言うんだな」などと思っていた。
口に出して言おうかとも思ったのだが、親友であるプリーストが中々落ちない砂埃に夢中になっているので止めておいた。
代わりに、別の人に別のことを告げる。
「隊長〜。宿とかどうすんの?」
すでに明かりのついている店も少なくなっている時間である。
時間など関係ないかのように夜半でも賑わっている首都とは違い、住宅や魔法学者の多いこの街で今から宿を取るのは難しいように思う。
「もう寝袋は勘弁っスよ〜」
話しかけられた騎士は少し考え込んだようであるが、その騎士の後ろから覆いかぶさるようにアサシンが自分の意見を言う。
「うん。僕も寝袋は嫌だなぁ」
なかなか落ちない砂は諦めたのか、プリーストも話に加わってくる。
エルメスプレートの草の無い地面は決して寝心地の良いものではない。それに加え、人間と見れば食事をしていても寝ていても襲ってくる凶暴なモンスターも少なくない。
プリーストなんて、寝ている真横にジオグラファーが生えてきた時は声の出ない悲鳴を上げたものである。
もっとも、街に入ってしまえばモンスターに襲われる危険は少ないのだが。
「…そうだな、宿は無理だから」
重かったのか覆いかぶさっていたアサシンを乱暴に引き剥がし、騎士は驚くことを口にした。
「今日のところは、私の家で良いだろう」
騎士にしてみれば、あまり帰りたくは無い家なのだが。
街の入り口から若干東に進んだところに、騎士の家があった。
「…ここが隊長の家っスか」
アサシンが見上げる家は、ジュノーによくあるタイプの家の造りではあったが。
「すっごい、意外」
「うん。僕もそう思う」
ハンターの言葉にプリーストも続く。
「そうか?」
ガチャリと重そうな音を立てて錠が開く。
ここ数年このメンバーで世界を回ってきているのだが、誰かの自宅というものに足を踏み入れるのは初めてのことである。
根無し草の冒険者と言えども帰る場所を持つ者もいる。
それは当たり前な考えであったのだが、帰る場所を持たない三人からしてみれば、まさか騎士が家を持っているとは!という心境らしい。
「うっわー、隊長のお宅! わ〜、俺、どうしよぅ〜〜」
どうもしなくていい。とはアサシン以外のものの心中である。
目下、騎士に片思い中なアサシンとしてはお宅訪問が事の他嬉しいようである。
その喜びようにこのままもう一回鍵を閉めてしまおうかと騎士は思わないでもなかったが、数日の野宿と戦闘の披露はピークであり屋内で寝たいという自分の欲求には逆らえそうもなかった。
開いたドアから見る、久しぶりの我が家はひんやりと冷えた空気に覆われていた。
そういえば、自分が冒険者として各地を回る前の家も冷えていたなと騎士は思い出す。
それは文字通りの意味ではなく、不仲な家族のせいではあったが。
「おっ邪魔しま〜す!」
入り口に立ったままでいる騎士を押しのけて、アサシンは鼻息荒く家の中に入っていく。
「こ、ここで隊長が〜〜〜」
なんてニヤニヤしながら辺りを見回す様子に、騎士は普段なら怒るのだが今は呆気に取られて眺めているだけになってしまう。
「俺達も入ろうぜ」
ハンターとプリーストも騎士を押しのけて家に入る。
「ちょっと掃除すれば、充分だね」
箒どこかなー、なんてチョロチョロと歩き回っていく。
騎士にしてみれば、あまり良い思いで無い場所ではあるが。彼等たちはそれを知らない。
常々、無知とは罪だと思っているのだが。
自分の過去を知らないでいてくれることが、こんなにも心安らげるものなんて。
「隊長〜? 何やってんスか。寒いんだからドア閉めて閉めて」
「隊長、暖炉の蒔き湿ってない? 俺、切ってこよっか?」
「た、隊長ー! 蜘蛛の巣! 蜘蛛の巣が!!」
自然に、一歩が踏み出せた。
ドアの閉まる音と、先に家に入った三人の笑顔に、騎士は自分が家に帰ってきたのだと実感したのだった。
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