隣でうなされている存在が、一向に目を覚ます気配がない。
その事実に小さく舌打ちをして、アサシンは新しい薪に手を伸ばした。
 なんで、こんな面倒くさいことになったんだか・・・。
自分のお節介を棚にあげてアサシンは心の中で呟いてみる。
 そう、ことの起こりはアサシンが仏心を出したせいなのだ。




 「な?お願い!このとーり!!!」
目の前で手を合わせて懇願する男に冷たい視線を送ってやる。この男のお願いなんて過去にいくつも叶えてきたが尽きることは無い。
「こんなに頼んでるんだぜぇ?なぁ、ジータ」
 困ったように眉を垂れながら、いつもならばそろそろ折れているはずのジータを上目遣いで見やる。
 しかし中々折れないジータに業を煮やしたのか、最終兵器と言わんばかりに自分のカートの中から赤いのみものを取り出した。
「・・・・赤ポーションがどうかしたのか?テンマ」
 ジータの呟きに、テンマと呼ばれてたBSはニヤリと笑った。
「そう!アサシン必須アイテム赤ポーションだ!これをお前にはいつも39zで提供していたが、今回の頼み事を引き受けてくれたら原価の38zで売るぜ?」  どうだ?お得だろう?と、胸を張るテンマに冷たい視線を強くする。
しかし笑顔で赤ポーションを突きつけてくる男に、ジータは毎回勝てないのであった。
 テンマのお願いは、然程難しいものではない。
お客さんからの要望で髪や服を自在に染めることのできる染料が欲しいと頼まれたらしい。ある程度なら自力で材料集めをするテンマではあるが、完全製造BSな為モンスターが持っている物までは自分で集められないのだ。
 そこで、ジータに依頼した、という流れになる。
「・・・・で、何が足りないんだ?」
 溜息とともに発したジータの言葉に満面の笑みを浮かべつつ、またもやカートの中からゴソゴソと何かを取り出した。
テンマの手にした紙には、大きく「ジータが集めてくるもの」と書かれている。
 ・・・・こいつ、何が何でも俺に取りに行かせる気だったんだな・・・・。と、分かっていた事実を再認識させられて、少しやる気が削げる。
「え、と。まずアルコールにディトリミンにカルボーディル・・・・それから青いハーブと白いハーブも、だな」
「そんなにか?」
 アルコール等はモンスターからのドロップだから仕方ないとしてもハーブ類は探せば生えているだろに。
 思ったことが顔にでも出ていたのか、テンマが肩を竦めてみせる。
「俺はこれから赤と緑と黄色のハーブ採取で忙しいんだよ。それに青や白いハーブに近くには得てして俺の敵わないモンスターがウジャウジャだし?」
 そういえばシーフ時代にゴブリン森を横切った時、中央の青いハーブが生えているところには必死の形相をした女性のBSを見たことがある。その時の彼女は「お客さんと青いハーブには命掛けよ」と、笑って言っていた。
 目の前にいるテンマにも命を掛けろよ、と言いたいところではあるが、言ったとしても無駄であることは長い付き合いでわかっている。
無駄なことは、しないに限る。
「・・・・・わかった」
 了承の意を伝えて、テンマと別れた。
まず最初に一番難関だと思われるアルコールを取りに行くことにする。
 アルコールはその辺りに生えているキノコからでも稀に取る事ができるのだが、モンスターのほうが持っている確率が高いのだ。
それらを考慮して、ジータは自分の故郷でもあるフェイヨンに行くことにした。
 テンマと待ち合わせていたモロクからフェイヨンは歩いていくには億劫な距離ではあったが、如何せんモロクにはワープポータルを生業にしているアコライトやプリーストがあまりいないのだ。
 かといって、人の足元を見ているとしか思えない法外な料金のカプラサービスを利用するほど、ジータとて裕福ではない。
 しかたなしに徒歩で故郷までいく羽目になったのだ。
「・・・・ちくしょう、テンマから交通費くらいは貰っておけばよかった」
 耳喧しいウルフやペコペコの鳴き声にうんざりしながら、早足で歩いていく。
照りつける太陽はジータの体力を少し奪っていったが、冒険者として日々鍛えているせいか、それとも頭に被った笠のお陰か、あまり苦ではなかった。
 暫く砂漠を歩いていたジータの耳に、それまで聞こえていた音とは比べ物にならないくらいのペコペコの鳴き声が聞こえてきた。
 否、鳴き声とは穏やか過ぎる。聞こえてくるのは威嚇のためのそれで。
「・・・・・ちっ」
 一瞬どうするか迷ったジータではあるが、尋常ではない数のペコペコの声にそちらの方向へ走り出した。
 大きな岩と岩の間にその集団はいた。
酷く興奮して戦闘態勢になったペコペコが中心目掛けて襲い掛かっているのだ。
ペコペコは群れで暮らす鳥のモンスターである。群れといっても、素人目には群れに見えない。
 各自気ままに餌を探しているので単独の種なのかと思われがちではあるが、群れの中の一匹でも傷つけられれば全員で立ち向かって行く、そういう性質のモンスターなのだ。
 中心にいる人物は、それと知っていて手を出したのだろうか?それとも、知らずに?
もしも、知っていて尚且つ冒険者としてレベルの高いものであれば、ペコペコくらい簡単に倒してしまえるだろう。
 しかし、そうでなかった場合。
「・・・・あぁ、もう!面倒くせぇなぁ!!」
 前者であれば、後で素直に謝ろう。そう決めて、ジータはペコペコの集団の中に飛び込んでいった。









 二度と。そう二度とテンマからの頼み事は受けまい。
そんなことを思いながら、ジータは手にした薪を火にくべた。
パチパチと微かな音を立てたそれに気付いたふうでもなく、魘されている人物の毛布を直してやる。
「・・・・ぅん・・・・」
 小さく身じろぐその人物に、もう一回溜息を吐きながらガンマは再度思うのであった。
 どうして、こんな面倒くさいことに。
ペコペコを粗方倒した時には、襲われていた人物は動かなくなっていた。
死んだかと、思っていたがペコペコが攻撃をやめないところを見ると気絶しているだけだろうと思い直し、その倒れた人物を守るようにモンスターを倒していく。
「・・・・・ふぅ」
 全てのペコペコを倒した時には、日がすでに傾いていて空は赤く染まっていた。
一つ大きく溜息をつくと、ジータは動かない人物に向き直った。
「もしもし?おーい・・・・」
 いちおう声を掛けながら、ペチペチと頬を叩く。
しかし起きる様子は全く無い。
 ジータは、一つの選択に迫られるはめになった。
1、見捨てて先を急ぐ。
 知り合いでもないし、見捨てても責任も問題もないだろう。
2、介抱して適当な街まで送っていく。
 人として、ましてや冒険者として見本的な行為。ただし、酷く面倒くさい。
自他とも認める面倒くさがりのジータである。どちらの選択を選ぶか・・・・どちらが自分には賢明な選択か・・・・ジータには分かっていた。
 わかっていた。もちろん、面倒くさがりだし、アサシンという職業柄か人と接するのは大の苦手なのも分かっている。
しかし、そのアサシンという職業にあるまじきお人よし加減も冷徹になれなさ加減も嫌というほど分かっているから、選ぶ選択肢は2なのだ。
 一通りの葛藤を終え、ジータは動かない人物を背負うと砂漠では貴重な湖の畔まで移動した。
赤かった空は、すでに闇の色を含みはじめたからだ。
 移動を終えたジータは慣れた手順で腰を落ち着かせる準備をする。冒険者として長い間生きてきたのだ、これくらいは当然なのかも知れないが。
テキパキと準備をするジータの横で今まで無反応だった身体が、少し動き始めた。
「お?目が覚めたか?」
 火を熾しつつ、そちらに視線を移動させたジータだったが、すぐに視線を逸らした。
そして徐に自分の荷物から毛布を取り出すと、その人物にかけてやった。
 よく見ると、剣士の制服を着ているのがわかる。成り立てなのだろう、装備はそこら辺のノービスと差して変わらないものを着けている。
 多くの剣士がその防御力の高さから好んで装備しているヘルムもなく、ただ薄汚れた金髪を微かに揺らしながら、その剣士は魘されていた。
「・・・・・なんだってペコペコなんかに」
 火を途絶えさせないように見張りつつ一人ごちてみても、答えを持っている剣士は深い眠りについて目覚めない。
 また、面倒くさいことになったなぁ。
何よりも面倒ごとが嫌いなはずなのに、テンマに関わると本当にろくなことにならない。
 怒りを遥か遠い空の下にいるであろう諸悪の根源にぶつけつつ、この夜何度目か分からない溜息を吐いた。



 そして、心に誓う。

二度と。
二度とテンマからの頼まれ事は絶対に、受けない。