「で、その剣士くんを結局どうしたの?」
 手にした安物の酒を傾けながら、テンマは話の先を促した。
少し話を渋るように溜めを作ったジータではあるが、テンマだけでなく今日集まった他のメンバーも先を知りたがっているようなので、仕方なく話を続けた。
「・・・・フェイヨンまでおぶっていった」
 面倒臭がりで言葉の足りないジータの台詞に、それに慣れているメンバー一同は「あぁ、結局目を覚まさなかったから目的地まで自分で背負って行ったんだな」と補完する。
 面倒くさがりの割に、面倒見が良いという矛盾した性格の持ち主は手にした度の強い酒をちびちびと飲みだした。
断っておくが、ジータは決して酒弱いわけではない。ただ、一気に飲むのが些か勿体無いような気がするのだ。それにもう一度注文するのも面倒くさいし。
「もちろん、何でペコペコを攻撃したか聞いたよな?ジータは」
俺はそこが知りたい、とばかりにさっきから食べ物を頬張っている今日の主役が聞いてきた。
 今日は元々、自分達の昔馴染みがウィザードに転職したお祝いをしようという名目で集まったのだ。しかし、お祝いといっても久方ぶり会うメンツが多いため、近況報告が主になってしまっているのだが。
「聞いたさ。なんでも剣士に転職した祝いに貰った「太ったミミズ」でペコペコの捕獲に挑戦したらしい」
「・・・・・・・・・・・・は?!」
 少し大きくなってしまった声に、慌てて口を押さえる。
自分の隣には愚痴を言い疲れて寝てしまったプリーストが規則正しい寝息を立てているのだ。
 しかしウィザードの驚きと呆れは、声の大きさに比例していた。
「何?ペコペコ欲しさにそんな無謀なことしたの?そいつ」
 声のトーンは戻したが、馬鹿にした口調でウィザードはジータに問う。
「・・・・・・まぁな。ペコペコの強さも知らなかったらしい。ただ、ペコペコを弱らせてからミミズを食わせろ、とだけ教わったと言っていたな」
「なんだ、その教えた奴が不親切なんじゃん。なぁ?トイ」
 テンマはそう結論つけてウィザードにも同意を得ようとした。
「あー?それでも冒険者の端くれなんだからさ、敵の強さくらい把握してろっつの」
 手厳しいトイの言葉にジータもテンマも小さく笑いながら、頷きあった。
トイは言葉が悪い。しかし、その裏に隠されている本心を見ることができれば、そう悪い奴でないことが分かってくるのだ。
 この剣士への言葉にしたって、その油断が命取りになる世界だからこそ、常に情報を持って動けと言っているのだ。
 自分自身の命のために。仲間の命のために。
トイは二人の笑みを見てからばつが悪そうに、また食べ物を頬張り始めた。彼独特の照れ隠しらしい。
「そういえば、トイは実家に帰ったのか?」
 ジータが思い出したかのように言う。
「そうそう、なんか弟さん達が寂しがってたんじゃないのぉ?」
 ニヒヒ、なんてからかい口調で笑いながらテンマも聞いた。
そんな二人の言葉に、頬張っていた食べ物を静かに飲み込むと、トイは悲しげな表情になって俯いた。
 なんだ、食べ物にでも当たったかと覗き込む二人にトイの低く抑えたような声が聞こえてきた。
「・・・・・・・俺は、ポイズンスポアが大っっっっっ嫌いなんだ」
 抑えてはいるが、憎しみの篭った声で語尾が怒りのためか微かに震えてさえいる。
「はぁ」
 何故ポイズンスポアと実家に帰ったという話題が繋がるのか、イマイチ分からないジータとテンマであったが、まだ話が始まったばかりということもあって適当な相槌を打っておく。
「俺とて初めから嫌いだったわけじゃない。いや、モンスター自体は全て嫌いなのだが。それでも今はポイズンスポアが何より、どんなモンスターより嫌いだ!」
 興奮の為か、どんどん大きくなる声をトイは止めることはできない。
二人も寝ているプリーストには悪いが、この妙に迫力のある昔馴染みを止めるのは危険だと判断し好きにしゃべらせておくことにする。
「お前らが転職する時に俺言ったよな?ギリギリまで俺はスキルを覚えたいから、だから今は転職しないって」
 確認するようにトイが言う。確かに、テンマが転職した時もジータが転職した時もトイは「まだまだ覚えることがある」と言って一次職のままだった。
 トイの言葉に二人で頷くと、それに満足したかのように先を話す。
「そろそろ転職かなー、なんて思う時期に入るとさ、中々技を覚えるのが難しくなるわけよ。だから、GHなんか行って自分のギリギリの魔法でモンスターと語り合い、且つ己のスキルを高めて行こうとしてたんだよ、俺は」
 いや、語り合うってのはどうかと思うぞ?とはジータの心の中のツッコミである。
しかし元来面倒くさがりな彼は、熱く語るトイにそれを言うことはない。
「ヒールクリップなんて高価な物持って無い、万年ニンジン貧乏な俺が高いポタ代払ってまでGHに行っているのに!なのに!!」
 手に持っていた肉を握り潰さん勢いでトイが力を込める。
もちろんSTRが1のトイにそんな芸当が出来るはずないのではあるが。
「なんなんだよ!あのキノコ!!なんでGHなんていう高レベルダンジョンにいるんだよ!!!なんであいつのせいで5回連続で同じポタ屋さんの世話になんなきゃいけないんだよ?!なぁ!!俺、なんか悪いことしたか?なぁ?!!!」
 なぁ?って聞かれてもねぇ。これはテンマの心の中の呟きである。
別に彼は面倒くさがりというわけではないのだが、触らぬ神に祟りなしとばかりに興奮しているトイをすでに見学に入っている。
専ら、トイの話に頷いたり相槌を打ったりしているのは苦労人ジータだった。
「それでも、無事ウィザードになれたんだから良かったじゃん」
 そんなジータのSOSの視線に、話を完結の方向へもっていく。
しかし、このテンマの言葉はトイが話たがっている本題へ促しているだけだった。
「あぁ、そうさ。念願のウィザードになれて、晴れて家に帰れる。愛しい弟と一緒に住めると思って意気揚々と帰ってきたさ!」
 ははぁ、これでポイズンスポアと実家に帰ったが繋がるのか。とは、二人の心の中での落胆の台詞。
そろそろ二人とも、この怒りのテンションのトイに疲れてきた模様だ。
「長い間家を留守にしていた俺を迎えてくれたのは、無表情の弟と笑顔の弟と・・・・・そして・・・・・そして!何故だかポイズンスポアだったんだー!!!!!」
 そう叫んだ後、トイは糸が切れた人形のようにガックリと肩を落とした。
「サイがさ、嬉しそう言うんだよ。可愛いですよね?って。俺には死神にも見えるそいつが、可愛いって何度も言うんだよ。そればかりか、そいつと一緒に狩りをし、食事をし、風呂に入り、あまつさえ寝るときまで・・・・・・・」
 サイ、とはトイの一番下の弟である。歳が離れている上に幼い頃両親を亡くしている為、トイが育てたようなものなのだ。
 俗言う、目に入れても痛くない、という存在。
「・・・・・憎い。俺はポイズンスポアが憎い!」
 肉を持っていないほうの手で、ジータから酒のグラスを奪うと勢いに任せて飲み干す。
 乱暴にグラスをテーブルに叩きつけると、ウェイトレスに追加の注文をしだした。
 あぁ、自棄酒に自棄食いか。とは、冷静なジータの分析。
 結局、昔痛い目あった憎悪なのか、ただの嫉妬なのか分からん。とはテンマの見解。
「今日はお前らも飲め!食え!そして、共にポイズンスポア打倒に燃えようじゃないか!!」
 なんなら、俺が本当に燃やす。と詠唱に入るトイをなだめながらもジータもテンマも追加注文をする。
別に打倒キノコに燃える気はさらさらないが、酒を呑むのも美味しいものを食べるのにも賛成だったからだ。
「今日は奢りだ!たーんと、頼め!!」
 豪快なトイの台詞に口笛をテンマが吹いた。
ジータは珍しいとこもあるもんだな、とメニューを見やる。しかし、次のトイの言葉に注文を全てキャンセルするのだった。
「ジータがな!」
「俺が奢るのかよっ!!」
 いくら面倒くさがりなジータであっても、これはツッコマずにはいられなかったらしい。





 兎にも角にも、ペットで知り合う縁もあればペットで壊れる縁もある、ということ(え?壊れてないって?)