狩りで疲れた身体を休ませるため、騎士の鎧に身を包んだ女性は近くにある大きな木の根元に腰を下ろした。
「……ふぅ」
 小さく溜息を吐いてからそっと目を閉じると、少しづつではあるが体力が回復していくのが分かる。
 今日の狩場は滅多なことではモンスターハウスにはならないような場所だったのだが、出かけたのが早朝だったせいか人が少なく、小さなMHが幾つも出来ていたのである。
素早さを重視した戦い方を主とする彼女は、幾らかは避けることができる。が、一匹倒す間に3匹のモンスターが近寄ってくるといった状況が何度も続けば、体力も回復アイテムも消耗が激しくなるの当然ことで。
「今日は赤字かぁ…」
 当初の予定よりも随分早い帰還になってしまった騎士は、本日使用した回復アイテムとモンスターからの収集品の金額差を考えて眉を顰めた。
 数秒後、顰めた眉を一層深いものにする。
彼女の所属するギルドマスターのアサシンが、何やら深刻そうな顔で身体を預けている大木向かって歩いてくるのが見えたからだ。何あったのかは知らないが、関わらないほうが身の為だということは即座に理解した。
 しかし、彼女が気付いたと同時にアサシンのほうも彼女に気付いてしまっていた。
ここで立ち去ろうものなら今後穏やかに暮らせないかもしれない。
「……何か、私に御用でも?」
 近くまできたアサシンに座ったままの体勢で彼女は尋ねた。アサシンは睨んで騎士を見たが、それも一瞬のことで彼女の隣に腰を下ろす。
少しの沈黙。
 騎士はそろそろ体力も回復したし、何か因縁つけられる前に家に戻ろうかと考え出した刹那、アサシンが口を開いた。
「……振られた」
「はぁ?!」
 ガバ、と勢い良く騎士のほうに顔を向け一気に話し出す。
「この間話しただろ?好きな子できたーって。結構仲良くなってさ、一緒に狩りにいったり酒飲んだり買い物したりしてさ、いい雰囲気だったのさ」
 一ヶ月ほど前のギルド集会での彼の『好きな子ができた』発言は、一時期ギルドの存続に関わるくらい大きな出来事だった。
ギルドマスターのアサシンは、はっきり言って美形だ。その上、面白いし優しい。だから、彼目当てでギルドに加入している女の子も少なくは無い。
 そんな女の子達にとって『好きな子ができた』発言は、ギルド脱退の大きな理由になるのだ。
全員が辞めたわけではなかったが、それでも半数以上の人が去り、古参のメンバーと最初はアサシン目当てだったが今ではこのギルドが好きなんて言ってくれる子達(物凄く少数なのだが)しか残っておらず、メンバーリスト表は寂しいばかりであった。
 名誉のため加筆しておくが、騎士はこのアサシンに気があるからギルドに入ったわけでは断じてない。
「昨日さ、思い切って宿の部屋を一緒にとったわけよ」
「? あんた振られたんじゃなかったの?」
 男と一緒の部屋でオーケイしたのであれば、好意がそこそこ以上あるものだと思うのだが、と騎士は首を傾げた。
「…振られたさ、思いっきり」
「……南無」
 一応ご愁傷様の意を込めて手を合わせてみる。狩場であれば「南無あり〜」とでも返ってくるのだが、アサシンの心境から言って「あり」とは言えないだろう。
「一緒の部屋に入って、一緒に夕飯とって、お酒も程よく入ったところで、一世一代の大告白!」
「…で、ダメだったわけね」
「そう」
 ガックリと肩を落とし、その辺に生えている草をぶちぶちとむしり出す。
あぁ草むしりなら私の実家の庭で是非やってもらいたい、などと場違いなことを考えつつ騎士はその仕草を見ているだけだった。
「あ〜、俺ってモテないんだよなぁ……」
 このピクミンは何を仰っているのかしら?と、まじまじと凝視してしまう。
それもそうだ。
 先ほども述べたように、アサシン目当てでの女の子がギルドに半数以上居たのだ。それなのに、モテない?冗談もたいがいにしてもらいたいものだ。本当にモテないギルメンの男共が聞いたら「お前がモテないというなら俺らは何なんだ?!」と嘆くに違いない。
「コクっても成功したことがないし……」
 マジですかぁー?!と、声もなく叫んでしまう。
それもそうだ。
 先ほども述べたよ(略)
「しかし、振られるって慣れないよなぁ…」
 周辺の雑草を無残に毟られその辺に放置されている。毟る草もなくなってきたためか、アサシンは木に凭れかかり空を見上げて呟いた。
「『女の子の方が好きだから』なんて言われて振られるのなんて初めてだけどさ」
「な、なんだってーーーーー?!!!!」
 ついM○R風に驚いてしまった騎士であったが、それも無理はないことだろう。
「ま、まぁ世の中には色んな人がいるからね」
 冷静にそう騎士は言い直したが、些か引き攣っていたのは気のせいだろうか。
相変わらず空を見ながら、アサシンは好きだった人を思い出しているのか辛そうな顔をしている。
「あんたも運がなかったのよ」
 今にも泣きそうな顔をしているから、騎士は普段の彼女らしくもなく慰めようだなんて思ってしまう。
「今度はちゃんと男を好きな女の子を好きになりなさいよ?」
 まさか騎士が慰めるだなんて思っていなかったのか、アサシンは少し驚いたような表情で騎士を見た。
「な、何よ。私だって傷心してる人を労わる優しさくらい持ち合わせてるんだから」
「いや、違う」
「否定早っ!」
 私はそんな些細な優しさも持ってない冷徹な奴だと思われてんのかい!と、ショックを受けた騎士であったが、それが自分の勘違いだとすぐにわかった。

「俺が、告白した相手……男だぞ?」

「はい?」

 きちんと音として聞こえてはいたが、理解は出来なかったため聞き返してしまう。

女の子からモテモテのギルマスが振られて……女の子のほうが好きって言われて……でも、言った人の性別は男で……つまり……つまりは。

「………世の中には色んな人がいるからね」

 もう一度、同じ言葉を繰り返しながら、騎士は『男が好きです』発言はギルド脱退の大きな理由になるのかしら?と、自分の今後を考えていた。