騎士なんて、この世からいなくなってしまえばいい。



「っだー! この赤芋は俺をタゲってるんだっつの!」
 明らかにアサシンのほうへと攻撃をするために這ってきていたアルギオペ、通称赤芋を直前で騎士が横から攻撃を仕掛けてくる。
まだFAをしていない状況であるから、厳密に言えば横殴りにならないのかもしれないが、アルギオペの歩みの方角にはアサシンしかおらず、そのまま行けばアサシンの獲物となっていたはずである。
「…くっそぅ。ハエだかテレポだか知らねぇが、ムカツクなぁ」
 ピアースの二撃でアルギオペを粉砕すると、その騎士はアサシンに一瞥もくれずにどこかへと消えていった。
この世界にいる不当な存在、自動人形にアサシンは日々苛立ちを募らせていた。
「あーぁ、もうホントむかつく。いっそ消えろ。消えてくれ」
 獲物を盗られるのは今日が初めてではない。
このアルギオペが生息する場所にアサシンが来るようになった初日から、自動人形どもには煮え湯を飲まされている。
「俺のアルギオペ。俺の経験値。俺の収集品……」
 先ほどのようにアルギオペから攻撃を受ける前なら、まだなんとか、ギリギリのところで許せる。
だが、自分を攻撃しているアルギオペにまで横から奪われることも稀ではない。
 始めの頃こそは、世界には良い意味でも悪い意味でも色々なことをする奴がいる、と無視を決め込んでいたアサシンではあるが、そこは小さな鬱憤の積み重ね。
塵も積もれば、とは良く言ったもので、今では自動人形が何をしても憤慨するようになってしまっていた。
「あー…もー…」
 文句を言いながら、アサシンは次なる獲物を探しに草むらの中へと歩きだした。







 どれくらいの時間戦闘を繰り返していたのだろうか。
太陽は色を変え、空の端のみを赤く染め上げるだけでになってた。
「…今日もレアは無しってか」
 アサシンはガックリ項垂れると、確認していた収集品を仕舞い、帰路につこうと立ち上がった。
が、少し離れたところにアルギオペの集団が見える。
 これが数時間前であれば嬉々として切り刻みに飛び込んだであろうが、回復アイテムも底をつきているし、精神力もない。帰り際なので体力だって限界である今の状況では、ちと遠慮したい事態である。
「もったないけど、蝶の羽でも使うかなー」
 レア運というものからは遥か遠くにいるアサシンなので、日々赤貧な生活を送っていた。
消耗品をケチるくらいのことは当たり前のことである。
「いや、でも、迂回すれば戦わなくて済むかも…」
 グダグダとアサシンが悩んでいると、ヒュンという聞きなれた音が聞こえる。
ハエの羽やテレポーテーションを使った時の音である。
 見ると、アルギオペの集団の丁度真ん中に、一人の騎士が立っていた。
沈みかけた太陽と同じくらい赤い髪をした騎士は、ゆっくりと辺りを見回してから剣を構える。
「うへぇ、あの数に立ち向かうなんて……ま、自動人形だし」
 ヤバくなったら逃げるだろうし、死んだとしても自分には関係ない。
さっさと帰ろうかと道具袋の中を漁る。結局、蝶の羽を使うことにしたらしい。
「……うっそん」
 冒険者にとっては必需品、持ち歩いてて当たり前、な蝶の羽が見当たらない。
普段からの節約癖が仇になったらしい。使わないから、持って無くても気付かないのだ。
 徒歩で帰ることが決定したアサシンは道具袋から顔を上げた。
先ほどの騎士とアルギオペを確認するためである。
騎士が引きつけてくれている間に帰れれば御の字と思ったのであるが。
「へぇ、結構強いじゃん」
 素早さを特化したタイプなのだろう、無数のアルギオペの攻撃を巧みに避け、手にした刀で切り払っていく。
これなら囮として充分。途中でハエ逃げはしないだろうと思ったアサシンは悠々と近くをすり抜けてプロンテラに向かう。
 ごとり。
重いものが落ちる音が聞こえて、アサシンはそちらのほうへと顔を向ける。
近くで聞こえた音の正体はすぐに知れた。
「未鑑定、靴……」
 極々たまにではあるが、それを隠し持っているアルギオペがいることは世界に知れ渡っている話。
かくゆうアサシンも金銭難解消を目指して、それが出ることを日々心から願ってやまないのだが。
無常にも、それを出したのはアサシンではなく、目の前の騎士。
 騎士は鷹揚の無い顔でそれを拾うと、残りのアルギオペを倒すべく刀を振り上げた。
「………」
 ふいに、アサシンの脳裏に今までのことが浮かぶ。
今までの自動人形にされた行為について、だ。
「…ムカツク」
 自分は横殴りをされて、経験値も収集品も奪われて。
それだけでも気分が悪いっていうのに、レアまでもが自動人形の元へと行くというのか。
理不尽だ。あまりにも、理不尽だ。
「すんげぇ、ムカツク」


自動人形なんて、


騎士なんて、この世からいなくなってしまえばいい。








「今日も、いつも通りってか」
 本当に運がない。
この場所に狩場を固定して早数ヶ月、アサシンには目当ての靴は一足も出ていない。
そればかりか一枚のカードだって、レアと呼べるものは一切合切何も出ていないのだ。
「お〜の〜れ〜、自動人形めが〜」
 低い声で唸ると己の運の無さを別の方向へと向ける。
自動人形さえいなければ、もしかしたら。
 が、いくらアサシンがそう思ってみたところで、自動人形はいなくならない。
「アイツの言うことも最もだよなぁ」
 アサシンがこの狩場に来る前に、ここを固定の狩場にしていたマジシャンの言葉を思い出す。
その時は「ハエやテレポで逃げなければ、捕まえて騎士団に突き出し…いや、家に監禁して陵辱の限りを!」という剣呑な物言いを治めたりしたものだが、今となってしまえば大きく頷きたくもなる。
 実際、そういう話もちらほら聞いたりもする。
闇で取引されるのは、何も不当な手段だけではない。不当な存在である彼等、もしくは彼女ら自身も多用途で取引されるのは知っている。
 最も、アサシンと言えども真っ当に冒険者をしてきた彼には話半分、信じて居なったりするのだが。
「…一回でいいから、ぶん殴ってやりてぇ」
 マジシャンの言葉からは幾分かランクダウンしているのが情けない。
「もーいい。誰でもいい。俺の殴りたい欲を満たしたい」
 毎日の戦闘。
 自動人形によるストレス。
 レアのでない苛立ち。
それら全ての鬱憤を抱えたアサシンは、口から不気味な笑いを洩らしながらPvPの門を叩いたのだった。


 何度もいうようだが、このアサシンにはレア運がない。
だが、レア運がないだけで、決して弱くはないのだ。
赤貧なため装備が揃っていないのだが、そのぶんレベルだけは高く、多少のことなら死にはしない。
「げぇ、結構人がいやがる」
 PvPにきた途端、アサシンは眉を顰めた。
普段なら1人か2人、全く人がいないことだって珍しくないPvPに二桁もの人がいる。
どこかのギルドが遊びに来ているのだろうか。
 とりあえずアサシンは壁際によると姿を消し、動向を見守ることにした。
PvPでは、大きく分けて二種類の人がいる。
 挨拶なしで即行攻撃、なタイプ。
 挨拶をして「では、行きますかー」な呑気なタイプ。
前者のタイプの集団がいるとしたら厄介なので、アサシンはいつも最初は姿を消してPvP内にいる人のタイプを見極めるようにしているのだった。
 と、暫くするとセージとプリーストのコンビがアサシンの前を通る。
同じエンブレムをつけているし、アホ面で笑い合っているところを見ると攻撃的には見えない。
多分彼等のギルドが遊びに来ているのだろうと当たりをつけたアサシンは、一つ何かを思い出す。
「あの、エンブレム…」
 すでに通り過ぎたセージとプリーストがつけていたギルドのエンブレム。
確か、どこかで―――。
「……あ、」
 いつの日か見た、暮れ時にアルギオペから未鑑定靴を出していた自動人形。
細くなる太陽の光が当たってぼやけて見え難かったが、その騎士がつけていたエンブレム。
「あの人形、ここのギルドのかよ」
 胸糞悪そうに呟くと、注意深く歩き出した。
もちろん、当初の予定通り自分の殴りたい欲を満たすためである。
もしあの騎士がいれば即行で殴ってやろうと思いながら。




 目的の彼はすぐに見つかった。
建物の影に隠れながら慎重に歩を進めていたアサシンの耳に入ってきたのは爆音。
その音のほうに向かってみれば、先ほどのセージとプリースト、更に同じエンブレムをつけた数人が二チームに分かれて戦闘をしていた。
 戦闘、といっても真剣なものではない。
スキルを使ったり、斬りかかったりしてはいるが、どこか楽しそうなのはギルド内のお遊びだからだろう。
「俺のバナナジュース勝手に飲んだだろ」だとか「ギルチャでのセクハラの恨み〜」だとか言っていることもアホらしい。
 そこだけを見ていれば、ノリの良いギルドで済む。
だが、アサシンは目ざとくも見つけたのだ。あの日の自動人形を。
「きゃー、マスターが焦げたぁ」と、ファイヤーボルトを食らったその騎士に周りからヒールが飛ぶ。
「……ふぅん、あの人形野郎がマスターってか」
 見つからないようにその様子を窺っているアサシンに、苛々としたものが募る。
表では人の良さそうなギルドのマスター。
でも、裏ではレベル上げのためだかレアのためだか、もしくは両方か分からないが、自動人形などという不正を行っている騎士。
「一番、俺の嫌いなタイプ」
 アサシンとて善人ではないが、この自動人形ほどではないと口元を歪める。
「何回か殴ろう」
 はじめは一回でも…と思っていたのだが、積もり積もった鬱憤と、騎士に対しての苛々がアサシンに決意させる。
「殴ってから騎士団に突き出してやる」
 目の前の戦闘は終わりを迎えていた。




「家に帰るまでが遠足です。寄り道せずに帰りましょうねー」
 赤い髪を揺らしながら騎士が言う。
全力で遊んだギルドのメンバーは「俺等の帰る家は酒場だから」なんて言っているところを見ると、更に飲みに行くらしい。
大体のメンバーがPvPから姿を消していく。が、騎士は最後まで皆を見送っていた。
「…よーし、皆ちゃんと帰ったかなー」
 左右を確認して忘れ物もチェックして、騎士は満足そうに頷くと自分も帰ろうと思った。
そこで、声が掛けられる。
「騎士なんて、この世からいなくなっちゃえばいいのに」
 え? と声のほうに振り返ろうとした瞬間、目の前が暗くなる。
手の甲に感じる痛み。
ギルドでの戦闘で負った傷はヒールにより治っているから、それは新しくつけられた傷ということになる。
 つまり、攻撃されたのだ。
目の前が暗くなったのはアサシンが手にしていた武器が特殊なカードが挿さっているものだからだろう。
「だれだ…っ!」
 騎士が叫ぼうとした瞬間、アサシンが突き飛ばす。
身構えることもできなかった騎士は、そのまま前のめりに倒れると痛みで顔を顰めた。
「俺、騎士って嫌いなんだよね」
 自動人形は騎士の姿をしている場合がほとんどである。
騎士の特徴がそうさせているのだろう。だから、アサシンは街中で騎士を見ても気分が悪くなる。
 頭では、不正を行うものが悪いと思ってはいる。思ってはいるのだが、理解と納得は違うものなのだ。
「嫌いだからさ、殴ってもいいよね? PvPだもんね?」
 やっと殴れる喜びに、アサシンの口元に笑みが浮かぶ。
「すんげぇ、嫌い」
 思いっきり力を込めて倒れたままになっている騎士の背中に振り下ろす。
「ぐっ!」
 衝撃についで痛み。
先ほどからの理解できない言葉。晴れない暗闇。
騎士は自らの身に起こったことを理解できずに、混乱していた。
「自動人形って騎士ばっかだしなぁ」
 二度目は腹部への蹴り。それからすぐにインベナムで毒の状態にする。
騎士は悲鳴も出ずに蹲る。
その様子に、アサシンは笑みを深める。
 ずっとずっと苛々していた。
その苛々をぶつけれる相手が出来たことに、それが自動人形本人であることが嬉しくて笑いが漏れる。
「体力の回復早いし、攻撃力の高いスキル持ってるし……騎士って人形向きだから仕方ないけど」
 でも、卑怯でムカツク。と笑いながら言う。
「ちが…!」
「何が違うんだよ」
 否定の言葉を言おうとした騎士の胸倉を掴んで無理矢理立たせる。
何が違うというんだろうか。
 騎士が自動人形に向いているなんてことは世に蔓延る人形の職を見れば一目瞭然であるし。
「…は、人形じゃな…」
 毒のせいで力が入らないのだろう、弱々しく呟かれた騎士の言葉にアサシンは怒りが募る。
自分は見たのだ。
あの日、自分の目の前で他の人形と同じようにアルギオペを倒していく騎士を。
確かに見たのだ。
「ムカツク」
 ギリと奥歯を噛み締めてから唸ると、建物の影に騎士を突き飛ばす。
抵抗されるのも面倒なので、倒れた背中を押さえつけると冷ややかに見下ろした。
「やっぱり、騎士団に突き出すってのは甘い考えだったんだな」
 マジシャンの言葉を思い出しながら手にしたカタールを鎧の繋ぎ目に当てるのだった。









「……っていうのが、俺とマスターとの嬉し恥ずかしな出会いと馴れ初め?」
 キャ、と両手をグーにして口元を覆うアサシンに冷ややかな視線が刺さる。
「アンタ、さいてぇ」
「お前…昔はキレ易い子供だったんだなぁ」
「マスターが可哀想ですぅ」
「強姦魔、あっちいけ」
 冷たいギルドのメンバーの言葉に当のアサシンはわざと傷ついたようにシナを作って座り込む。
「皆、酷いっ」

「酷いのは、お前だ」

 見事に皆の声が重なる。
「…まぁ、ある意味勇者だけどな」
 少し離れた場所で本を読んでいたウィザードが呆れたように呟く。
皆がそちらのほうを向くと、口元だけに笑みを浮かべて言葉を続けた。
「結局は誤解だったにせよ、人形だと思って無理矢理ヤった挙句に、その相手に惚れてギルドに加入だろ?」
 普通、有り得ない。
「ある意味勇者ってか……馬鹿?」
「馬鹿だな」
「馬鹿ですぅ」
「馬鹿、あっちいけ」
 今度はアサシンはハンカチを噛みながら泣くフリをする。
「皆、酷いっ」

「酷いのは、お前だ」

二度目も綺麗に重なる。
「ちぇ〜、なんだよ。皆が馴れ初め聞きたいっていうから嫌々話したってのにさー」
 アサシンは泣くまねをやめて、立ち上がる。
「さぁて、そろそろマスターを迎えに行ってこようかな」
 それだけ言うとアサシンはギルドの溜まり場を後にした。


「…っていうかさぁ、結局一番の馬鹿って、あの強姦魔を許しちゃったマスターじゃない?」
「そうかもなぁ」
「否定はできないですぅ」
「マスターは馬鹿じゃない! あの馬鹿シンが一番悪いんだ! チクショウ、あっちいったまま帰って来るんな、馬鹿! ……ぅわぁ〜ん、ますたぁぁぁああ」

 ギルドメンバーのそんな声を聞きながら、ウィザードは手にした本に再度視線を落とした。









騎士なんて、この世からいなくなってしまえばいい。

昔、愚かだった頃によく思ったこと。

でも、今は



「騎士が……マスターがこの世からいなくなったら一番困るのって、俺ってか」

呟いたアサシンは、歩調を速めて愛しい人を迎えに行くのだった。