「たま〜には、ちょっと遠出しない?」

 ローグとアサシンクロスの出した提案に、騎士とクルセイダーの双子が頷いたのは、少し前。
ギャンブル狂だった亡き姉が作った借金の返済に苦労する双子を、少し労わってやろう。
 表面上は、そういう事となっている計画である。
しかし、ローグには違う思惑があったのだ。





 双子は普段、プロンテラで寝泊りをしている。
そこからの遠出となると、一体何処になるのかと思っていれば。
「…………し、死ぬ」
 双子の兄である騎士が呟く。
普段は肩にきちんと掛けられているモッキングマフラーを頭に被り、陽射しから身を守っている。
しかし暑さは容赦の無いもので、騎士の体力も限界まで来ていた。
「まぁ、そうだよなー。暑いよなー」
 双子の弟であるクルセイダーの横で、ローグが嬉しそうに言う。
まるで歌でも歌っているかのような上機嫌な口調に、思わずクルセイダーの視線が険しくなる。
「な? お前も暑いだろ?」
 視線に気付いたのか、ローグがクルセイダーの顔を覗き込みながら同意を求めてきた。
暑い。
暑いに決まっている。
 今、四人が居る場所は、地理的に言えばモロクである。
街中ではなく、砂漠のど真ん中。
遮る物無く照りつける陽射しに、眩暈はするし。
歩きなれない砂漠の大地に、もう倒れてしまいそうだし。
 そして、身に着けている甲冑。
太陽の熱で暖められた鎧の中は、蒸し風呂と表現するのでは足りないほどになってきている。
「…軽く、拷問でも受けている気分です」
 睨みながらローグに返事を返してやれば、当の本人は酷く満足そうに笑みを深くした。
クルセイダーはちらりと自分の兄のほうへ視線を向ける。
少し前までは散々「暑い」だの「アイス食べたい」だの騒いでいた兄であるが、今はその体力も無いのかアサシンクロスに手を引かれて大人しく歩いている。
 そう、歩いているのだ。
この炎天下の地獄のような暑さの中、四人は歩いて移動している。
 歩いて移動というのは、双子に限っては珍しいことではない。
節約癖がついているので、カプラサービスやポタ屋さんのお世話になることがないからだ。
 だが、双子とて無理はしない。
自分達の歩いて行ける範囲内の狩り場にしかいかないのが常だ。
だから、こんな『歩いてコモドまで行こう』という無謀なことはしたことがない。
「………も、無理」
 大人しく歩いていた騎士が、急に足を止めて呟いた。
クルセイダー同様、騎士の鎧の中も相当な温度になっているのであろう。
真っ赤な顔に、汗で張り付いた髪。
 暑さのせいで荒くなっている呼吸が漏れる口は、普段以上に赤く湿っている。
元気と強気が鎧を着て歩いているような普段の騎士から想像も付かないような姿。
 そんな顔の騎士に見つめられ、表面上は全くの無表情、しかし内心はとても焦っているアサシンクロスは、何かを訴えるかのようにローグを見る。
「…あー、倒れられても困るし、じゃぁ、次行くかなー」
 見られたローグはというと、ガシガシと頭をかきつつ、分けのわからないことを言い出した。
「次?」
 クルセイダーが問うと、ローグは例の歌うような口調で繰り返す。
「そう、次」
 わけが分からない。




 双子は普段、プロンテラに寝泊りしている。
そこからの遠出で行って来たモロクの次とは、一体何処なんだと思っていれば。
「………………し、死ぬ」
 双子の兄である騎士が呟く。
普段は肩にきちんと掛けられているモッキングマフラーを顔のほうへ寄せ、それだけじゃ足りなかったのか、アサシンクロスが装備していたはずのレイドマントまで被っている。
しかし寒さは容赦のないもので、騎士の体力も限界まできていた。
「ま、まぁ、そうだよなー。さ、さささ寒い、よなー」
 双子の弟であるクルセイダーの横で、流石にローグも寒いのか、震えながら、でも顔には笑顔を張り付かせながら言う。
寒いのなら何故こんなところに連れてきたのだろうとクルセイダーが小さく溜息をつくと。
「な? お、お前もそう思うだろ?」
 吐く息よりも白い顔をしたローグが、クルセイダーの顔を覗き込みながら同意を求めてきた。
寒い。
寒いに決まっている。
 今、四人がいる場所は、ルティエ地方の山中である。
建物の中ではなく、山の中。
身を切るような冷たさの風と、舞うというよりは叩きつけられているかのような雪。
歩くたびにキシキシという音を立てる足元に積もった雪は、すでに膝にまでたっしている。
 そして、身に着けている甲冑。
冷やされた鎧は、中に服を着ているにも関わらず体温をどんどん奪ってゆく。
一見、厚着で寒さに強そうな剣士系の制服ではあるが、実際は暑さにも寒さにも適してはいないのだ。
「………」
 呆れたと言わんばかりの視線を向けてみれば、当の本人はそれどころじゃないようだ。
クルセイダーは視線を兄とその近くにいるアサシンクロスのほうへと向ける。
 兄にマントを貸しているアサシンクロスは、いつもの無表情ではあるが、相当寒いだろうに。
全員の顔色が尋常なものではなくなってきている。
 クルセイダーはもう一度、今度は少し大きめに溜息をついた。
「………誰かが風邪をひく前に、帰りません?」
 その誰かが自分の兄だと大変なので、そう提案をした。




あらかじめルティエに予約してあったらしい宿に、四人は到着した。
 クルセイダーの提案後、何故か物凄く嬉しそうな顔をしたローグが、宿のことを打ち明けたからだ。
本当はコモドにも宿を予約してあったらしいのだが、何故同じ日に二箇所の宿を予約したのか、クルセイダーにはさっぱりわからなかった。
「で、一体何がしたかったんです?」
 兄と同室をと希望したクルセイダーは、ローグとアサシンクロスに反対されて、兄とは隣の部屋にいる。
そして隣のベッドにはローグ。
「…んー、いや、べっつにー?」
 冷え切った指では上手く鎧を脱げない。
何度も自分の手に息を吹きかけて動くようにしているクルセイダーを嬉しそうに見ているローグへの問いかけには、まともな返事はもらえなかった。
 何の考えもなしに自分達を暑いところと寒い場所、両極端なところに連れていくはずがない。
何か、企みがあるはずだ。
 目の前のローグの顔は、これ以上なく嬉しそうなのがその証拠。
クルセイダーは、震えの止まらない自分の手を見、鎧を脱ぐことを諦めるとベッドへと腰をかけた。
「何をしたいわけでもなく、私たちを連れまわしたんですか?」
 軽く睨みながら言うと、ローグは少しだけ笑みを控えると口を開いた。
「何がしたいって訳じゃなくて……うーん、どう言ったもんかなー」
 お前、絶対に怒るし。と口の中だけでローグは呟くと、困ったように頭をかく。
「…言わないと、もっと怒りますよ」
 耳聡くその言葉を聞いたクルセイダーが、自分の槍に手を伸ばす。
その行動を見、ローグは慌てたように両手を挙げ『降参』のポーズをとると、「怒るなよ」と念を押した。

「北風と太陽って知ってるか?」

 有名な話だ。
北風と太陽が、どちらが旅人のコートを脱がすことができるか競う話である。
もちろん、クルセイダーとて知っている。
「それが、何なんですか?」
 ローグは自分が座っていたベッドから立ち上がると、クルセイダーのいるほうへと歩いてくる。
「あれってさ、最後は太陽が勝つだろう?」
 そう言いながら、ローグはクルセイダーの鎧に手をかける。
「それってさ、旅人が一人だったからだと俺は思うわけよ」
「…はぁ」
 わけが分からない。
その話と自分達がどう繋がるのだろうか。
 クルセイダーは適当に相槌を打つと、隣に座ってきたローグの為に少しだけベッドの端による。
「旅人が、もし二人だったら…北風だってコートを脱がせることができたと思わない?」
 クルセイダーの眉間に皺がよる。
本当にわけが分からない。
「………あー、まぁ、つまり」
 ローグは肩に置いていた手に力を込めて、クルセイダーをベッドに倒す。
「旅人が二人だったら、コート脱いで暖めあったりするんじゃね? ってこと」
 言葉と同時に、覆いかぶさってくる。
「…その旅人二人が恋人同士じゃないと成り立たないですがね」
「まぁ、そうなんだけどさ」
 そんなくだらないことを検証するために、自分達は今日一日振り回されたのかと思うと、呆れて言葉も出てこない。
第一、検証になっていない。
 実際兄の騎士は太陽にも負けているのだから、これでは北風の勝利とも言い難いのではないか。
そう告げると、ローグは笑いながら。
「あー、いいのいいの。俺はお前の反応に興味あっただけだから」
 と答える。
実に、くだらない。

 今日何度目かの溜息をクルセイダーは吐くと、自分のコート…いや、鎧を脱がすのは、太陽でも北風でもなく、目の前で笑っているローグだけなのにと思った。