病める時も、健やかなる時も。
可哀想に、震える声で言葉を紡ぐ目の前の少女に苦笑が漏れる。
それに気付いたのか、隣で同じように少女の声に耳を傾けていた人物がこちらを向いた。
あまり頭は動かさず、目だけを向けて。
真面目に聞きなさい。
いつものお説教のように、少しだけ目を吊り上げると、すぐに少女のほうへと視線を戻してしまった。
もったいない。もっと、瞳を見ていたかったのに。
「……っく、ち、誓いますか…?」
涙声の少女の言葉が途切れる。
あぁ、ここは俺が答えることろか。
「あーあー、誓いマス。誓いマス」
いつもよりも数段早口に答えると、びくっと大げさに少女の肩が揺れた。
おおっと、ビビらせちゃったかな。
偶然通りかかっただけなのに、いきなり見ず知らずの人間の結婚式の神父役なんて頼んじゃったし。
俺の顔怖いし。それに。
「俺も、誓います」
隣に居る、俺と同じように大きな木に凭れ掛かっているプリーストも答える。
へぇ、もっと渋るかと思っていたのに。案外簡単に誓ってくれちゃってるよ。
いつもみたいに、赤面して辺りにあるもの適当に投げつけられるのも結構好きなんだけどな。
「…いいのかー? 俺なんかに一生を誓っちゃって?」
真面目で綺麗なプリースト様の一生を貰えるほどの立場なんかない。
「……そっちこそ。一生俺の傍にいないといけないんですよ?」
喧嘩の度に物が飛んでくるんだろうな、きっと。
でも大丈夫。素早さでは誰にも負けないアサシンだから、俺。
「…ひ、っく、……ぅ、……」
目の前の少女の嗚咽が酷くなる。
あぁ、ごめんな。こんな俺たちで、ごめんな。
ただ、通りかかっただけなのに。
木に凭れ掛かる俺たちを見つけてしまっただけなのに。
「ホモの結婚式で、ごめんな」
本当は、別のことを謝りたかったんだけど、俺の口からは、違う言葉しか出てこなかった。
少女は、大きく頭を振ると掠れた声でだったけど、でもしっかりと「貴方達を、祝福します」と呟くと、俺たち二人にブレッシングを掛けてくれた。
あぁ、他人に祝福されるって気持ちいいな。
そう思って隣を見ると、少し寂しそうな顔が見えた。
…ブレス返しが出来なくて残念なんだな。
その顔が、なんとも可愛くて、自然に口の端が上がってしまう。
俺の笑った気配が分かったのか、また釣りあがった目がこちらを向いた。
「よっこら、しょ」
掛け声に色気が無いのは、まぁ勘弁してもらおう。
俺はありったけの力を込めて上半身を動かすと、釣りあがった目に近づいた。
合わせるだけの、軽いキス。
すぐに唇を離すと、相手の口は赤く染まっていた。
あーぁ、本当なら、唇じゃなくて、頬とか耳が赤くなるのにな。
でも。
「お前、真っ赤な口紅とか似合うじゃん」
素直な感想。
真っ白な顔に、そこだけ赤くて。紅くて。
そのアカが、俺が与えたものだなんて。
「ちょ、……フライングですよ」
そういや、そうか。
まだ神父役の少女は、『誓いのキスを』とは言っていない。
「いや、でもさ、ちょっともたないっていうか何ていうか」
可愛かったから衝動的に、っていうのが本当のところなんだけど、もたないっていうのも本当。
時間が押してる。
神父さん、ちょっと巻いてクダサイ。
俺の言葉にまたビクついた少女は慌てたように口を開いた。
「ち、誓いのキスを……っ!」
語尾が震えていた。
きっと、また泣いてる。
いやだなぁ。俺が最後にしたことって、可哀想な女の子を泣かしたってことになるんだろうか。
「……一生、傍にいるんですからね」
今まで聞いたことないくらい柔らかな声がした。
あぁ、そうだ。
俺が、最後にしたことは。
「もう、一生傍に居るしか、ないだろう?」
俺の言葉に端が上がった唇に、自分のそれを重ねる。
誓いのキス。
さっきのよりも、少し長めに。
震える瞼にも。
白い頬にも。
俺は、最期に、コイツを幸せにするんだ。
誓いのキス。
でも、これが、おやすみのキス。
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