いやいやいや、僕は決して間違ってはいない。
だって、そうだろう?
あれは、溶けるものだし、食べ物だ。
それを、それをだ。
そのまま手掴みで、人に差し出してきたのだぞ?
僕が嫌そうな顔の一つや二つしたって仕方の無いことだろう?

「嫌そうな顔は……まぁ、100歩譲って仕方ないとして、問題は別ね」

「…うるさいな、僕の独り言に勝手に返事をしないでくれ」

「じゃぁ、問いかけるような独り言をまず止めてよ」

そう言うと、隣に座っているミスは溜息をつくと僕から視線を外した。
……この僕に聞こえるような溜息も止めてもらいところだが、これを正直に言うと後が酷い。
何しろ殴る蹴るは日常茶飯事だ。
僕が自分でヒールで治せるからといって、痛みが好きなわけではないのに。

「問題は、」

隣のミスの声が聞こえる。
相変わらず、視線は僕から外されているが、僕へ向けての言葉だ。

「問題は、アンタが手を振り払ったことだと思うけど、私」

分かっている。
だからこうして、僕は後悔してるんじゃないか。
事が起こったのは、少し前。
まだ、世間が甘ったるい匂いに包まれていた頃のことだ。
僕はバレンタインだとかカップル撲滅兵器だとか、そういった世間のごたごたに巻き込まれるのが嫌で数日前から狩場に篭っていた。
だが、戦闘特化でも何でもない支援プリーストが長々と狩場に留まれるわけもなく、仕方なく一回帰還した時に、小童に会ってしまった。

「折角、相手の思いが込められたチョコだったのに」

ミスの声を聞きながら、僕は机に突っ伏す。
僕は今、過去を振り返って後悔をしているのに。
ミスの言葉が更に僕を暗い気分にさせる。
そう、あの小童は、バレンタインをどう勘違いしたのか、この僕に、チョコレートを寄越してきたのだ。
しかも。

「素手で、だぞ?」

包装も何も無く、人間の体温で溶けた甘い香りのする茶色い塊を、自分のほうへ差し出された僕の心境をミスは察してはくれないだろうか。


「…そこで手ごと舐め取れば、私好みのBLだったのに」

手ごと舐めるって、この僕がそんなはしたない真似をするとでも思うのか。
大体ビーエルって何だ、ビーエルって。ミスの言葉は時々分からない。

「と、ともかく! 今問題なのは、アンタがチョコとあの子の好意を無碍にしたことでしょ」

「…ちょっと、待て」

チョコはともかく、好意って何だ。
あの小童が、この僕に好意を寄せているとでも言うのだろうか、ミスは。
僕が思いっきり眉間に皺を寄せていると、ミスがビックリしたようにこっちを見てきた。

「え゛、アンタ、気付いてなかった、の?」

気付くも何も、あの小童は別に僕のことが好きじゃないだろう。
あの無愛想さ加減が物語っている。
僕以外の人間とは、少し無口であるものの普通に会話をしているというのに。
僕には挨拶さえも禄にしないのだ。ええい、腹立たしい。

「…わーぉ、本当に気付いてないわ、この聖職者」

ミスの呟きが聞こえる。
だから、あの小童は、僕のことなど好きではないだろうに。
だが。
だが、僕は後悔している。

「確かに、問題は僕が手を振り払ったことだろうな」

あの茶色い塊…ミスに言わせれば、思いの篭ったチョコレートを、僕は振り払ってしまった。
素手で掴んであったのが、嫌だったといえば、まぁ、そうなんだが。
実は。
実は、ミスには言えないが、事実は少しだけ違う。
嫌がらせだと、思ったのだ。

「もー、何処行っちゃったんだろう…あの子」

包装も何もないチョコレートを、無言でいきなり口元に突きつけられたら、まぁその時期がバレンタインだとしても、嫌がらせだと僕が思っても仕方ないじゃないか。
そして、嫌がらせだと感じた瞬間、どうしようもなく苛立って、ついつい手を振り払ってしまったのだ。

「……」

今度はミスではなく、僕が溜息を吐く。
何が『嫌がらせだと思って』だ。嫌がらせ以外の何がある。
小童は僕が嫌いだったんだ。
だから挨拶もしない。
だからチョコで嫌がらせ。
思わず溜息だって出る。
でも、本当は泣きたい。
だってそうだろう。
ずっと気になっていた相手から、最後通告のような嫌がらせだ。
しかもバレンタインに。
そして、嫌がらせをした当の本人は、それ以降姿を見せやしない。
後悔の嵐だ。
何故、僕はそんなに嫌われる前に、とっとと告白をしておかなかったんだ。
いや、告白とまではいかなくとも、僕から積極的に声をかけていれば、挨拶を普通にしてくれるくらいまでにはなっていたかもしれないのに。

「あ!」

いきなり、ミスが大きな声をあげる。
突っ伏した机から、顔を上げてミスを見てみれば、僕ではない違うところを見て大口を開けている。
妙齢の女性として、その顔はヤバイんじゃないかと思ったのだが、ミスが見ているほうへを視線を向けた僕は、そのことを口に出す機会を永遠に失った。

「こ、小童…」

向こうも僕を見つけたのか、小走りに近寄ってくる。
僕は久しぶりに見る小童の顔ばかりを見ていたせいか、手にしているものに気付くのが遅れた。
気付いたのは、バレンタインにそうされたように、口元にそれを近づけられてからだ。

「これ…」

僕が小さく呟くと、小童は顔を伏せる。
僕の目の前には、結ばれたリボンが少し歪んでいるが綺麗にラッピングされている小さな箱。
口元に突きつけられているからか、ふんわりと香ってくる甘い匂いは、覚えがある。
僕が突然のことで呆然としていると、隣に居たミスがいきなり僕の背中を叩いてきた。
何をするんだ、と文句をつけようかと思ったが、それで気付いてしまった。
小童は、小さく震えている。
普段の挨拶もしないふてぶてしさなぞ微塵にも感じさせず、心なしか耳も赤い。
気付いてしまった。


実は、ずっと向けられていたであろう、相手の好意に。


そして、僕は後悔をする。

何故、もっと早く気付かなかったのだろう。







何故、もっと早く早く、この甘い存在に。