「お前、甘い匂いがする」

 読書中は話しかけるなと再三言っているのにも関わらず、目の前の男の言葉は止まらない。
だが、少し前まではまだまともな言葉だった気がする。と、クルセイダーは思いながらも、本から顔をあげなかった。

「…なぁ、なんか甘いモン食った?」

 ソファーに腰をかけているクルセーダーから離れている距離はわずか。
床に座っているアサシンは、上半身を少し斜めにしてクルセイダーに近づく。
アサシンの問いかけには何も答えず、クルセイダーは本に集中している。
 いや、集中しているように見える。
実際のところは律儀に今日食べたものを反芻しているのだが、それは全く表には出ていない。

「何、この甘い匂い」

「…甘いものは食べてない」

 食後にデザートを食べる習慣も、おやつを食べる習慣もないクルセイダーには、今日は甘いものを食べた記憶がなかった。

「でも、匂いするよ。凄い甘い」

 立つことなくアサシンが近づく。
甘いと文句を言うくらいなら、嗅がなければ良いだろうに。

「じゃぁ、離れろ」

 読書の邪魔だし、とクルセイダーが不機嫌そうに言うと、アサシンの雰囲気が変わったのが分かった。
そこで初めて本から顔を上げると、クルセイダーは彼の機嫌を損ねたことを知った。

「………」

 眉間に皺を寄せたアサシンが立ち上がる。
本来ならば、そうして怒った顔をしたいのは読書の邪魔をされたクルセイダーではあったが、彼の怒る様が如何に自分にとって不利益しか齎さないかを知っている身では同じ顔はできない。
だが一度放ってしまった言葉は取り返せないし、撤回をする程プライドが無いわけでもない。
 立ち上がったアサシンは、そのままスルリとソファーを避け奥の部屋へと消えていった。
クルセイダーの言葉通り、離れていったわけであるが。
彼を不機嫌にさせてしまったということが気がかりで、どうにも再度本に集中できない。

「……ふぅ」

 溜息を一つ。
それと同時に本を閉じると、クルセイダーも立ち上がった。
しかし行き先はアサシンの消えた奥の部屋ではなく、玄関。
 もう、おやつの時間は過ぎてしまっているが、今からなら夕飯のデザートにはなるだろう。
行き先は近所の有名なケーキ屋。
モノで釣れるとは思わないが、少しでも機嫌が浮上してくれることを祈って、クルセイダーは家を出た。



後にケーキだけでなく、ケーキの甘い匂いをさせているクルセイダーも食べられてしまうことになるのだが。