【if:睡魔】



 ゆっくりと注がれる柔らかな午後の日差しは、人を眠気に誘うには充分な威力を持っている。
ハンターも例に漏れず、机に突っ伏したまま眠ってしまっていた。
 そこに、子供が歩いてくる。
寝ているハンターを見つけると、二度三度瞬きをしてから起こさないように、そっと覗き込む。
子供の動きに気付かないくらいの熟睡なのか、街中、そして家の中という状況で安心しきっているのか、全く起きる気配がない。
 起きないハンターに気をよくした子供は、いそいそと部屋を出て行く。
もちろん、音を立てないように細心の注意を払いつつ、だ。
 次に子供が部屋に戻ってきた時、手にしていたのは一つの毛布。
子供の小さな身体では運ぶのに大変なのか、ヨタヨタと今にも倒れそうになっている。
 それでも目的のものを目的の場所まで運ぶと、子供は大きく息をつき、それをそっとハンターにかけた。
満足そうに子供は微笑むと、ハンターの隣の椅子に座り、寝顔を覗き込む。
その姿は、ハンターが起きた時の反応を楽しみにしているようだった。




 ゆっくりと注がれる柔らかな午後の日差しは、人を眠気に誘うには充分な威力を持っている。
「……何やってんだ? こいつら」
 アサシンが部屋を訪れた時には、机に突っ伏して寝ているのは二人。
結局は、子供も午後の日差しの魔の手にかかったというわけだ。
「幸せそうに寝やがって」
 せっかく来てやったのに、そうアサシンは一人ごちながら、ハンターにかかっている毛布を子供のほうにまで伸ばしてやる。
 ふと目に入ってきた空いた椅子に、自分も座って寝てやろうかと思ったが、その姿をこの部屋の常連になっているアルケミストに見られたら気分が悪いと思い直した。

 同時刻、露店をしていた件のアルケミストも睡魔には勝てずに寝露店になっていることは、アサシンには知る由も無い。  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【if:腐女子観点】



 台所からコップを一つ拝借。
それを壁に押し付け、同時に己の耳もコップに押し付ける。
「………何してるのー?」
 カートの中身を点検していたアルケミストが、自分の友人の奇怪な行動について尋ねてみる。
「何って、見ての通りよ!」
 その格好のまま目だけをアルケミストのほうへ向けたプリーストは、そう言い切ると再度耳に集中する。
「…………」
 見て分からないから聞いているのだが、真剣にコップの耳を押し付ける様を見て、アルケミストは質問を諦めた。
しつこく尋ねようものなら、彼女の雷が落ちるのが分かっているからである。
「…チッ、良く聞こえないわね」
 アルケミストが小さな溜息をついたと同時に、プリーストが呟く。
その呟きで、彼女が何をしたかったのかの検討がついた。
大人しく言えば、お隣さんの様子が知りたい、といったところだろう。
大人しく言わないと、覗きだ。
 プリーストがコップを当てているほうの壁の向こうは、小さな子供が一人暮らしをしている。
大人しく言えば、小さい子供が大好き。
大人しく言わなければ、ショタコン。な、プリーストである。
 なるほど、真剣にコップに耳を当てている理由が良くわかった。
「お隣さんなら、今日は朝からモンスターと戯れてたよー」
「! 何よ、それを早く言ってよ!」
 アルケミストの言葉に、プリーストは当てていたコップから身を引く。
「いないんじゃ、ここに居ても意味がないわ」
 じゃぁね、とプリーストは自分に速度増加を掛けると、瞬く間に部屋から出て行く。
それをぼんやりと見ながら、アルケミストは思う。
「……アノ人、何しに来たのかしらー?」
 いや、お隣さんの様子を見たいが為に来たのは分かる。
分かるが……釈然としないアルケミストは、その気持ちを誰かにぶつけるべく、カートに荷物をしまうと立ち上がった。  




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【if:あだ名】




張り付いた笑顔と、間延びした口調。
しかし、その口から出る言葉が、外見どおりに穏やかであるとは限らない。

「あっくん」

 ニコニコと嬉しそうに笑いながら、目の前のアルケミストは口を開く。
それで出た言葉が、先ほどの「あっくん」なわけであるが。
「………新しいスキルか何かか? それ」
 アサシンにとっては他職のスキル、特にアルケミストやセージなど自分と関わりの薄い職のスキルなど、全く分からない。
 だから、目の前のアルケミストの言葉の意味が、スキルなのではないかと思ったのだが。
いや、思いこもうとしたのだが。
「えー、やーねぇ。何言ってんのよー」
 長い赤髪を揺らし、アルケミストはもう一歩アサシンに近づいて、指を刺す。
人のこと指指してんじゃねぇよ、と思わないでもなかったが、そう言ったところでアルケミストの行動に何の影響も及ぼさないことは分かっていた。
「あっくん」
 もう一度、言う。
そして、今度は指を自分のほうに向け。
「あーさん」
 言葉が少ないが、言わんとしていることが分かってしまった。
正直、分かりたくなかったのだが。
アサシンが眉間に皺を寄せつつも、何も言わないでいたのをどう解釈したのか、アルケミストが尚も口を開きだした。
「だからね、えーと、……私が、アルケミストのアベリアで『あーさん』。で、そっちがアサシンの安屡なんで『あっくん』」
 ご丁寧に説明を。
「却下」
 アサシンが一言で駄目出しすると、途端にアルケミストが反論する。
「えー、いーじゃなーい! こういう偶然を大切にしないと、人生楽しくないわよー」
 どんな理屈だ。
「充分に今のままでも楽しいんだよ、俺は」
「あっくん、ジジくさーい」
 常日頃、某ハンターが嫌がると知っていて「パパ」なんて呼んでいるアサシンであるが、呼ばれたくない名で呼ばれることの不快さを身を持って知ることになろうとは。
 が、それでも「パパ」とは呼ぶのを止めはしないのだろうけど。
「ジジイで結構。ともかく、呼ぶの止めろよ」
「……ちぇ」
 小さく溜息を洩らすと、アルケミストは「つまんなーい」と何処かへ行ってしまった。






 余談ではあるが。
アサシンが久方ぶりに身内(のような者)の家に寄ってみると開口一番が「おかえりなさい、あっくん」だったり。
何時の間に仲良くなったのか、少女のような顔をしたプリーストの少年と件のアルケミストの友達だという髪の長いプリーストからも「あっく〜ん」とからかわれ。
止めのように、友人の子供からも「……あっくん?」などと呼ばれる始末。

一つ一つに否定と脅しを掛けてまわるアサシンが暫くは見れたという。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【if:ストーカー】




ゾクリ。

 悪寒を感じ取って振り返ってみる。
そこには普通の街角。
商人の露店、その品物を眺める人々、活気ある声、いつもの日常。
「…? ぱぱ、どうしたんですか?」
 突然後ろを振り返り、そのまま立ち止まってしまったハンターに、片手を繋いでいた子供は問いかける。
その問いかけに、もう一度街角を眺めてから子供に視線を移す。
「うーん、気のせい…かな?」
 安心させるように子供に笑いかけると、ハンターは歩き始めた。
今日は長年想いを寄せている人からお誘いを受けているのだ。遅れるわけにはいかない。
「さ、アップルパイが焼きあがる時間につけるよう、ちょっと急ごうか」
 先ほどよりも少しだけスピードをあげつつハンターは言う。
子供も異存はないようで、小さく返事を返すと甘いお菓子を思い浮かべながら懸命に足を動かした。


思えば、これが最初だったのかもしれない。




「は?」
 突然の言葉に、アサシンが返した台詞が今のである。
そう返されることを予想していたのか、それともアサシンの返した台詞なんて興味が無いのか、ハンターは眉に皺を寄せると考え込んだ。
ここ数日、そう、好きな人のところへ遊びに行ったあの日から今日まで。
段々と濃くなる眉間の皺を面白がって……もとい、心配して「なんか心配事?」と聞いたのはアサシンである。
 このハンターが呼び込んでくる厄介ごとは、案外アサシンにとっては楽しいことが多いという前例から訊ねたのではあるが。
「だから、僕、ストーカーに狙われてるんだってば」
 この言葉は想像の範疇には無かった。
「えー、と、それはー、ローグの転生職に狙われてるって話ー?」
 アサシンと同じように厄介ごとが好きな赤毛のアルケミストが口を開く。
「いや、それ今となってはチェイサーだから」
 ハンターは彼女のボケに一応ツッコミを入れると、大きなため息を一つ。

「だーかーらー、本当に、見知らぬ人に、毎日付け回されてんだって」

 自分だって信じられない。
いや、信じられないことというのが頻繁に起こるものだというのは経験済みではあるが。
だが、今回のことも信じられない。
「初めはさ、視線を感じるなーって程度だったんだよ」
 街中、狩場、そういったところで度々感じる程度だった。
が、今となっては毎日、そして頻繁に感じるようになっている。
「でさ、実害がないから放っておくかー。って思ってたんだけど」
 そう、思ってた。
それが間違いだったのだ。
「……出たんだよね。実害」
 しかも、自分ではなく、子供に。
そう告げると、何故かアルケミストが真っ青になる。
「え、え、えー?! そんなの知らなーい! どういうこと? ってか、いつ? え、無事ー?!!!」
 普段の彼女と比較すると、別人ではないかと思うほどのうろたえっぷりに、ハンターは驚いてしまう。
その驚きを感じ取ったのか、アルケミストは我に返ると「お、お隣さんとして、良い大人として心配なのよー?」と取り繕う。
「…そう? うん、まぁ、無事…かな?」
「かな? って何ーーー?!!!」
 なんて曖昧なー!と本気で子供を心配するアルケミストに、ハンターは嬉しくなってきた。
この世知辛い世の中で、ここまで隣人の心配をしてくれているなんて。
 ハンターが考えた美談と現実は若干の異なりを見せていたが、それは別の話なので触れずにおこう。
ともかく、ストーカーの話である。
「いや、ショックは受けてたみたいだけど、別に怪我とかないし、怖い思いしたわけじゃないし」
 先日の子供の様子を思い出しながら、ハンターは言う。
「なんだそれ。ストーカーの実害って結局は何だったんだよ」
 アルケミストの慌てっぷりを珍しそうに見て居たアサシンが問う。
「うん……僕の家に泊まった時用に置いてあった歯ブラシが盗られてた」
「は、は、歯ブラシー?! なんてマニアック且つ、的確なー!!!!!!!」
 子供を心配するあまり、テンションが普段よりも違う次元にいっているアルケミストが叫ぶ。
何がどう的確なのか、そこにツッコミを入れたいアサシンとハンターではあるが、彼女の興奮っぷりを見る以上関わるのを止めたほうが懸命であるのが明らか。
「お気に入りの歯ブラシで、かなりショック受けてたよ」
 ギャーギャーと近くで騒ぐアルケミストを無視する方向でハンターは話す。
「流石にさ、僕もアイツに『ストーカーの仕業だ』とか言えなくて、咄嗟に『陸が巣作りに使いたがっていたから』とか誤魔化してさ」
「え? それ誤魔化せた?」
 咄嗟とはいえ、随分と無理のある言い訳である。
子供の心を考えての嘘ではあるが、それで信じるような奴がいるだろうか。
「うーん、陸に『あとで返してもらう』って言ってたから、信じたんじゃないかなー?」
「……お前、子育てはちゃんとしたほうが良いぞ」
 馬鹿には生き難い世の中だから、とは口には出さずにアサシンは言う。
ハンターがストーカーのことを考えながら、ため息を一つ。
アサシンがからかう対象とその子供の将来を柄にも無く考えて、ため息を一つ。
 二つのため息が重なった丁度その時、軽い音を立ててドアが開いた。
三人が集まっている部屋の家主が帰ってきたのである。
「あー、おかえりー」
 子供が帰ってきたことで平静を取り戻したのか、アルケミストが一番に声をかける。
それに挨拶を返す子供に、三人は非常に違和感を感じる。
「な、なんですか?」
 じー、っと音がしそうなほど自分を見つめる三人に、少し後ずさりながら、子供が口を開く。
別に、変わってないと、思う。
目も、鼻も、口もあるし。鎧だって、ちょっと汚れてきたけど綺麗な騎士の制服。
頭にはいつも通りのシニョンが…。
「あれ、シニョン?」
 ハンターの言葉に、二人も気づく。
「あー!シニョン!」
「昨日とは違うな」
 そう、昨日までは、剣士時代から愛用していたヘルムだったはずだ。
でも今子供の頭に乗っかっているのは、二つの可愛らしいシニョンキャップ。

嫌な、胸騒ぎが、三人によぎる。

「ね、ねぇ、それ、どうしたのー?」
 子供の家の経済力では、とうてい買えるはずのない装備であることを知っているアルケミストが訊ねる。
それ、と言われ、咄嗟に頭に手を持っていく子供は、にっこりと微笑んだ。

「これですか? 知らないハイウィザードの方に頂きました」

 ハンターは子供の言葉に、数日のことを振り返る。
視線を感じた時、振り返って辺りを確認してみれば、居た。
確かに、有り触れた日常に溶け込むように、ガスマスクを被ったハイウィザードが、居た。
「も、も、もしかして、その人、ガスマスクとか、してた?」
 ハンターの子供への言葉に、アルケミストも弾かれたように頭を上げ、子供を見る。
子供はハンターとアルケミストの迫力に押され、また後ずさりながら小さく何度か頷く。

「ソイツだーーーーーー!!!!!!」

 見事ハモったハンターとアルケミストの声にビックリする子供に「見ず知らずの奴からモノ貰ったら酷い目に合うぞ」と、からかう対象の子供の将来を柄にもなく考えたアサシンがため息を零しながら言っていた。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【if:不自然】




何もかもが、不自然だった。

「で、そろそろ教える気になったか?」
 うららかな昼下がり。
赤毛のアルケミストはそろそろ外にでも行こうかと思案していたところである。
声の主は、目の前でタバコをふかしている青年。
アサシンを生業にしている彼は、人よりもかなり感が良いのだろう。
「私のスリーサイズー? やぁねぇ、教えるわけないじゃなーい」
 いつも通り、普段通り。
間延びした声で返してみれば、相手は少し笑ったようだ。
 言葉に嘘はない。
教えるつもりなど、毛頭ない。
「まぁ、良いけどな」
 自分から聞いてきた癖に、さして興味も無さそうにしているアサシンに、内心助かってもいた。
「やーだ、あっくん。私のスリーサイズなんて『どうでも良い』みたいな言い方ねー。失礼しちゃう」
 いつも通り、普段通り。


それが、至って不自然なことには、二人とも気づいていたけれど。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【if:対面】




今日は少し連れ回しし過ぎたかと思った頃には遅かった。
 子供の少ない体力はすでに限界を向かえていて、ハンターが少しの休憩と思って座り込んだところで会話が途切れた。
覗き込んで見れば、すっかりと瞼が下りている。
軽く揺すってみても起きる気配がないので、相当疲れていたのだろう。
「うー、ここで野宿って……やっぱ駄目だよね」
 ハンターは平気だ。
冒険者となって長いし、旅が好きなこともあって野宿には慣れている。
 が、子供は違う。
転職したとはいえ、大人とは比べ物にならないほど体力は無いし、力も弱い。
野宿なんかして風邪を引かれたり、突然襲ってきたモンスターに大怪我でもされたらと思うと、ここは少し遠くても家に帰るのが良いだろう。
「よいしょ、っと」
 背負っていた矢筒を腰に移動させ、子供をおんぶする。
完全に力の抜け切った子供は落ちそうであるが、前傾姿勢になってそれを回避した。
プロンテラまでは約数km程度。大人の足なら日没までには着けるだろう。
 ハンターがそう思い、歩き出した時に、空から何かが落ちてきた。
その『何か』が、ウィザードの魔法だと気付いた時は、すでに何個か地面に落ちた後だった。
大魔法の一つであるメテオストームは、隕石を幾つも落としダメージを与えるものである。
普通のフィールドや街中では人間にダメージは与えないとなっているが、目の前に落ちるというのは結構怖いものがある。
「うわっ!」
 ハンターもすぐ足元に落ちてきた隕石を思わず避ける。
大きな音とともに地面を抉った焼けた岩を見ながら、本当にこれに当たっても死なないものなのかと不安になってきた。
 その焼けた岩が上げる細い煙の向こうから、ゆらりと人影が見える。
近づいてくるその人影は、ウィザードの転生職、ハイウィザードの衣を纏った男であった。
それに、ハンターは驚く。
 あまり見かけないハイウィザードを見たから驚いたわけではない。
そのハイウィザードの容姿が、この間から良く見るものだったから驚いたのだ。
 頭には矢の刺さったリンゴ。
 顔にはガスマスク。
黒く短い髪が、煙が上に昇るのに合わせてフワフワと揺れていた。
「…んー? ……」
 メテオストームの音が大きかったせいか、それともハンターが隕石を避けたせいか、背中の子供から声があがる。
が、それは覚醒には至らなかったようでまた寝息に戻る。
ハンターはそれに少し安心すると、目の前のハイウィザードに意識を戻した。
「おい」
 声が聞こえた。
自分がしゃべったわけでもないし、近くに他に人がいなかったのだから、その声は目の前のハイウィザードのものなのだろう。
ここ最近、ずっと矢リンゴとガスマスクを装備したハイウィザードに、俗に言う『ストーカー行為』を受けていたハンターだが、声を聞くのはこれが初めてである。
もっとも、この目の前に居る、矢リンゴとガスマスクを装備したハイウィザードがストーカー本人であるという確証は無いのだが。
「それを、置いていけ」
 その言葉に、え?もしかして追い剥ぎ? と一瞬ハンターは思ったが、『それ』とハイウィザードが指しているのが背負った子供であると気付き確信する。
(……この人が、間違いなくストーカー本人だ!
 前に出たストーカー被害が子供の歯ブラシだったことを思い出す。つまり、ストーカーの狙いは子供。
(ストーカーだけでも充分なのに、この人、よりにもよってショタコンだったんだ…!)
 背中の子供を支えている腕に力を込める。
子供は別に、誰もが振り返るほどの華やかさだとか、女の子に間違われるほどの可愛らしさとか、守ってあげたくなるほど儚げとかは、決して無い。
少しずれたところはあるものの、普通にどこにでもいる子供なのだ。
一体このストーカーは、どうして普通の子供に目をつけたのか。
「おい、聞こえてるのか」
 ハイウィザードの声に不機嫌さが混じる。
そしてハンターのほうへと更に近づいてきた。
正直、強いモンスターと対峙した時とは違う緊張感がハンターを襲う。
 だって変態である。
しかも普通の変態ではない。
ストーカーでショタコンで、なにより転生職のハイウィザードである。
普通のフィールドでも人を殺せる魔法とか使えるかもしれない。ハンターはそう思い、尚も子供を支える腕に力を込めた。
『パパ! 無事ー?!!』
 どこからか響いた声に、ハンターは驚いて目を見開いた。
それが赤毛のアルケミストからのWisだと気づくと、目の前のハイウィザードに気付かれないように平静を装う。
『今助けに行くからね! なるべく時間稼いでてー!』
 彼女にしては早口でそう言う。
どういった経緯で今のハンター達のことを知ったのかは分からないが、どうやら助けは向かっているようだ。
ならば、ハンターのすることは決まっている。
彼女の言うように、時間を稼ぐのだ。
 走って逃げようかとも少し思っていたのだが、子供を背負っているし、何か魔法を使われてしまうかもしれないリスクを考えれば、助けを待つのが一番のように思えるからだ。
「…ねぇ、なんで、この子なの?」
 ハンターの言葉に、ハイウィザードは足を止める。
少し時間をおいてから、答えが返ってきた。
「そいつじゃないと、駄目なんだよ」
 答えになっているとは思えないが。
(えーと、これは、ストーカー特有の思い込みってやつ?)
ハンターがそう思っていると、またハイウィザードが近づいてくる。
あわてて、次の質問をすることにした。もしかしたら、先ほどのように足が止まるかもしれないという期待を込めて。
「じゃ、じゃぁ、…えー、と。この子を渡したら、どうするつもり?」
 質問に、また足が止まる。
そのことに心の中で安堵の溜息を吐く。
が、返ってきた回答で、その安堵もどこかへ吹き飛ぶのだが。
「どうするって……うん、愛する」
(………ヤバイ、この人真性の変態だ!!!!!
 絶対に渡すわけにはいかない…!と、冷や汗をかきながらハンターは後退った。
そこに、聞き覚えのある声が聞こえてくる。

「必殺! あーさんぱぁぁぁああああああんち!!!!!!」

 響いた声とともに、ハイウィザードが吹き飛ぶ。
気のせいでなければ、ハンターにはアルケミストが物凄い助走をつけた飛び蹴りをしたように見えたのだが。
「え?!今のパンチ?!!!」
 とりあえず声に出して問うてみたものの、アルケミストはハイウィザードが吹き飛んだ方向へ走り出している。
「パパ! そんな細かい事気にしてないで、今のうちに逃げなさーい!」
 パパ違うからー!!!!!といつものように否定をするよりも、逃げるほうが先だと思ったハンターは、アルケミストの言葉通り、すぐにその場から離れて行った。






 ストーカーでショタコンで、更に真性の変態なハイウィザードに、もう二度と会いたくないと思いながら。