手にした一冊の本。
真新しいという程ではないが、そんなに古いわけでもない本である。
中身を開くと、そこには稚拙な文字が見える。
 それもそうだ。それに日常を記しているのは、まだ小さい子供なのだから。
その出だし…タイトルのつもりなのだろう、こう書かれている。

『兵法に則り、弱点を知って陥落すべし』

稚拙な文字とは裏腹な内容に、本を手にしている者は軽く笑い声を上げた。
 そして、少し読み進めると。
「なるほど」
 納得がいったのか、言葉と共に頷くと、今度は声を上げずに笑いながら続きを読むことにした。





兵法に則り、弱点を知って陥落すべし




○月○日晴れ

 今日から作戦を実行したいと思います。
ぱぱに「応援する」と言ったのですから、少しは役に立つ応援がしたいのです。
騎士の先輩にお聞きしたところ、相手を陥落させるには弱点を突けば良いということを教わったので、今日から弱点探しです。
偶然を装って、領内進入をしたいと思います。






○月△日晴れ

作戦に気付かれたのでしょうか。
昨日は目標に会えたことは会えたのですが、お忙しいようで少しお話をしただけでお別れをいたしました。
その際にお菓子を頂きました。
マドレーヌです。
ぱぱにあげようかと思ったのですが、とてもとても美味しそうな香りがしたので、自分で食べました。
美味しかったです。






○月□日曇り

少し日が開いてしまいましたが、作戦続行中です。
今回はお菓子のお礼を言いに行くという立派且つ素晴らしい口実がありますので、意気揚々とお宅のほうへと向わせて頂きました。
いよいよ敵地領内進入!と緊張したのですが、どうやら目標はお出かけ中だったらしいです。
本当に作戦に気付かれているのかと、落ち込みました。
ですが、領内進入には成功したのです。
目標は不在でしたが、そのお兄さんが入れてくれたのです。
これは弱点を知る好機です。
それとなく伺おうと思ったのですが、出してくれたお菓子を食べるので精一杯でした。
作り置きだというクッキーは、アーモンドとかナッツがたくさん入っていて、とても美味しかったです。
あ。
お兄さんは元騎士なんだそうです。
今度はゆっくりと騎士としての心得をお聞きしたいものです。






○月×日晴れ

暫くはこちらも色々と忙しく、こうして筆を取るのは久々となってしまいました。
もちろん、作戦は続行中です。
筆を取っていない間にも、お宅のほうへ何度か足を運び、それなりの成果を出しているのです。
この前は、夕飯をごちそうになりました。
大分前に一度私が「人参が苦手」と伝えたのを覚えていてくださったのか、メニューに人参の姿が全く見当たらない素晴らしい夕飯でした。
しかも、言葉では表せないほどの美味しさなのです。
お暇なときがあれば、レシピを教わりたいと思いました。






○月#日晴れ

今日は目標は不在でした。
ですが、同居しているウィザードさんが家へあげてくれました。
実はウィザードさんのことはよく知りません。
ぱぱの恋敵らしいので、接触はなるべく取らないようにしているのです。
私自身も、ウィザードさんが苦手なのです。
いえ、このウィザードさんだから苦手なのではなくて、ウィザード全体が、なのです。
職業で苦手意識を持つなど人として褒められるべきことではないのは分かっているのですが、どうにも直らないようです。
ウィザードさんが出してくれたココアは、とても温かくて、とても甘くて、とても美味しかったのですが、なんだか……うーん、よく分かりません。






△月○日雨

今日は雨なので、どこにも行かずに家にいました。
ですが、昼過ぎくらいにシュークリームを焼いたという一報が入り、ご相伴になることに。
シューのサクサク感と内側にしっとり加減、そしてカスタードクリームと生クリームの絶妙な割合。
私はこんな完璧なシュークリームを今まで食べたことがあったでしょうか。
感動していると、口の端についたクリームを拭われてしまいました。
立派な騎士として、なんたる不覚。
次からは気をつけねば。

追記。
シュークリームはお土産に3個貰いました。
ぱぱとお隣のあーさんにもあげたいと思います。あ、あと、あっくんにも。






△月□日晴れ

最近、どうもおかしいのです。
目標のお宅に伺うと、どうしても息苦しくなります。
三人で同じテーブルを囲み、笑いながらお菓子を食べて、色んな話をして。
別に変わったことはしてません。
うーん、瞬間的な風邪でも引いたのでしょうか。






△月×日曇り

明日はアップルパイを焼いてくれるそうなので、今から楽しみです。
ぱぱにも連絡しましたし、明日は一緒に行くとです。
明日は、瞬間的な風邪を引かないようにしたいと思います。






 直近のものまで読むと、本を閉じる。
ぱたんと軽い音がしたそれを、元の場所に戻すと、アルケミストとアサシンはお互いの顔を見る。
「……弱点を探っているというよりはー…」
 口を開いたアルケミストの言葉を、アサシンが引き次ぐ。
「完璧な餌付けだな、これ」
 もちろん、本人達は餌付けしている気もされている気もないのであろうが。

他人の日記を盗み見てのお互いの感想が一致したことに頷き合いつつ、さて、明日のアップルパイと、浮かれまくっているであろうハンターをどうしようかと考える二人であった。