隠すように付けられているギルドエンブレムに触れる。
 少し躊躇した後、赤く長い髪をしたアルケミストはそれに向かって…いや、それを通して聞くであろうギルドマスターに向かって口を開いた。

「はいはーい! 緊急事態、はっせーい!」




その日も、アルケミストの朝は早かった。
別に早起きは苦ではない。
 元々が商人であるアルケミストは、品物の仕入れや手入れの関係で朝には滅法強いからであるが。
その日は、少し違っていた。
「………あ、頭いた〜い」
 ベッドから身体を起こして、すぐにまた逆戻り。
柔らかい枕に受け止められた頭は、割れそうなほどの痛みでどうにかなりそうである。
「あー……、あの変態ハイウィズとなんか、お酒飲むんじゃなかったぁ〜」
 脳裏に浮かんできた昨晩飲み交わした相手の顔を打ち消すように頭を振る。
そして、後悔。
「いっ、たたたた〜」
 頭を振ったことによって酷くなった頭痛に、もう一眠りを心に誓うと、アルケミストは目を閉じた。

が。

『おっはよー!』

「ぅわぁぁああああい?!」
 妙齢の女性が上げるには、少々色気のない悲鳴をアルケミストの口から漏れる。
寝入りばなに、窓の外と同じくらい爽やかで明るい声がギルドエンブレムから大音量で聞こえてきたのであるから、悲鳴の一つや二つは勘弁してもらいたい。
『あー、あー、ただ今、マイク…違った、ギルチャのテスト中〜!』
 テストとか必要ないから!と、誰かがツッコミを入れるの待ちで、アルケミストはベッドサイドに置いてある自分のギルドエンブレムに触れる。
『あー、…ごほん、では、本題』
 わざとらしい咳払いをした、この大音量の声の持ち主は、我等がギルドのマスターである。
容姿は至って平々凡々。やたら大きいアーモンド形の目が印象的ではあるが、それ以外はどこにでも居そうなタイプの女の子である。
『本日は、二葉の早朝報告の日だよ! さぁさぁ、野郎ども! ボクにさっさと報告しちゃいなー』
 …訂正、ここまで高いテンションの持ち主は、早々いないかもしれない。
次々とギルチャに、マスター以外の声が響く。
【二葉】
 アルケミストの所属しているギルドにおいて、情報収集やサポート、そして対象の動向を探るなど戦闘及び戦闘支援以外の役割をこなす者達の総称である。
そして、今現在アルケミストも二葉である。
触れていたエンブレムに向かって、アルケミストも報告する。
「はいは〜い、こちら皆のおねーさん、こと、アルケミのあーさんでぇーす。対象、昨日首都にて枝テロに合ったけど、ちゃんと助けたよー。他は、異常なぁし」
 アルケミストの対象とは、隣室に住んでいる子供である。
その子供を見守るのが、現在アルケミストの行っているギルドからの仕事であるのだが。
ギルドにとっての危険人物を見張るならいざ知らず、見ているのが人畜無害な幼い子供だと思うと仕事だと分かっていても気合が入らない。
もっとも、どんな仕事でも、気合を入れるだなんてこと、このアルケミストはしないのではあるが。
「う〜〜; やっぱ一眠りする〜」
 エンブレムから手を離し、そう呟くとアルケミストは今度こそ眠ろうと目を閉じた。
ここで断っておくが、アルケミストは決して職務怠慢なわけではない。
自分の有能な部下が子供に張り付いていることをしっているから、安心して眠れるのである。





 日が大分高くなったころ、ようやっとまともに動けるようになったアルケミストは、対象の様子が昨日とは違っていることに気づいた。
子供は『まま』を亡くして以来、塞ぎ込みがちで笑顔すらもどこか影が差していたというのに。
「あ、おはようございます」
 アルケミストの姿を見つけると、子供は満面の笑みで挨拶をしてくれた。
「はーい、おはよー」
 内心の動揺は億尾にも出さず、アルケミストはいつも通り少し間延びした声で挨拶を返す。
「何なーに、どうしたのー? なんか、嬉しそうだけどー」
 隣人の挨拶の延長上を狙っての、探り。
何があったか、は、張り付いていた部下の報告を待てば良いのだろうが、子供がどう思ったか、は、やはり直接聞かないといけない。
「良いことでも、あったー?」
 覗きこむようにして顔の高さを合わすと、子供は小さく俯いて、視線を左右に動かす。言うかどうかを迷っているようだ。
少しの間を置いて、視線をアルケミストには戻さないまま子供が口を開く。
「ぱぱを」
 アルケミストにいつも張り付いている笑みが、一瞬消えるような言葉を。

「ぱぱを、見つけたんです」











緊急事態発生。

 そのアルケミストによる一報に、ギルドの溜まり場に集まったのは、たったの4人。
だが、この4人が子供に関する当事者なのである。
「どういうことだ」
 マスターよりも先にイライラとした口調で話しかけてきたのは、ガスマスクを被ったハイウィザードである。
今朝のアルケミストの頭痛の原因である深酒に付き合っていた本人でもあるのだが、こちらは一切二日酔いの気配がない。
いや、もしかしたら、アルケミストの『緊急事態発生』で二日酔いが吹き飛んでしまったのかもしれないが。
 そんなハイウィザードに、少しだけ申し訳なさそうにしながらアルケミストは説明を始めた。
狂ってしまった歯車を、これからどうするか。
それを話し合うために。