痛む右手を軽く振りながら、赤毛のアルケミストは首都の裏通りを歩いていた。
その速度はゆっくりで、カートの中にある自作のポーションが立てる音も小さい。
 進行方向の先には、見慣れたスナイパーが一人。
そのスナイパーの少女は、アルケミストを待っていたのだろう。
こちらを見つめたまま、顔には笑みを浮かべている。
 それを見、アルケミストも笑顔を作る。
普段から張り付いているその笑顔は、先ほどまでは違う表情をしていたため追いやられていたからだ。

「殴ったんだってね?」

 近づいてきたアルケミストに、スナイパーが一言。
それは、つい先ほどの、アルケミストの行動を指しているのだろう。
「おかげで、手が痛いわ」
 スナイパーの目の前で歩みを止めると、アルケミストは手を開いたり閉じたりする動作をしてみせた。
「はは、殴られたほうは、もっと痛かったと思うよ」
 スナイパーの少女は、大きめの瞳を細めて笑うと、手に持ってた筒を脇に抱えた。
手加減なしで殴ったのだから、向こうのダメージは相当なものであったはずだと、アルケミストだって分かっている。
 何しろ、アルケミストは接近戦が得意な戦闘型であるのに対し、殴られた相手は耐久性も素早さもない、魔法職なのだから。
「いいのー。あの馬鹿ハイウィズには、事の重大さを改めさせる必要があるんだからー」
 それは、マスターも分かっているでしょ? と、顔を覗き込めば、スナイパーは笑い声を止めて軽く目を瞑る。
そして、沈黙。
 変わりに、アルケミストが言葉を続ける。
「だって、マスターは言ったんでしょー? 会っちゃ駄目だって。じゃぁ、会わせない様にしないとー」
 それも仕事の一つだとアルケミストは思っている。
アルケミストの仕事。
 それは、とある事情の子供の監視。そして、保護。
表向きは…いや、言葉にして言われた仕事の内容はそうなっている。
「それに、」
 だが、実際には少し、違う。
「それに、マスターの嘘がバレないようにしないとねー」
 アルケミストの仕事は、ただ一つ。
この、スナイパーの少女の思うように事態を持っていくことだけだ。
「あれ、気付いてた? 僕の嘘」
 パチリと目を開けると、楽しそうに歪んだ瞳からは何も読み取れない。
「あーさんを甘くみなーい!」
 軽く胸を張って言うアルケミストに、スナイパーは「そりゃ失礼」とおどけて返す。
まるで化かし合い。
 こうして軽い調子にでもしないと、会話にならないなんて。
「じゃぁ、僕の嘘を見破ったあーさんに、ご褒美だ」
 スナイパーは脇に抱えたはずの筒を手に戻すと、それをくるくると回しながらアルケミストに向き直った。
その回る筒に視線を移しつつ、アルケミストは少しだけ考える。
「…そうねぇ、じゃぁ、質問してもいいかしらー?」
 褒美をくれるというのなら、こちらの望むもので。
アルケミストの意思に、スナイパーは頷くと筒を今度は高く放ったり受け止めたりをしだした。

 さて、何を聞くべきか。

 聞きたいことは、たくさんある。
アルケミストが長年追っている『敵』についての情報。
自分に約束された『時間』のこと。
そして離れ離れになった『家族』だとか。
 聞きたいことは、たくさんある。
だが。
「どこまでが、偶然?」
 アルケミストの口から出た言葉は、自分のことではなかった。

「私が作った、あの写真と同じ容姿の人間が居るのは、偶然?」

「その人間と子供が出会ったのは、偶然?」

「子供がパパと呼ぶハンターの瞳が金色なのは、偶然?」

「あの子供が通う家にいるのが、プリーストとウィザードだっていうのは、偶然?」

「ねぇ」


どこまでが、偶然?




「難しい、質問だね」
 歪んだままの瞳からは、やはり何も読み取れない。
「でも、ご褒美だから、答えないとね」
 筒で遊ぶのを止めたスナイパーは、アルケミストに背を向けると歩き出す。
そして、少しだけ距離を開けると、顔だけ振り返り。






「   」




 一言。


全部が、全てが、初めから、そもそも、始めは何処だったのか。




 なんにせよ、アルケミストの仕事はただ一つなのだ。


このスナイパーの少女の思うように、これからも事態を転がしていくだけ。