瞬きをもしていないのに、頬を伝う滴。


アサシンは、それを拭ってやると立ち上がって一言呟いた。


「……面倒臭い」


後ろでそれを聞いていたウィザードは、心中で確かにと賛同する。





世の中、面倒臭いことばかり起こる。









「あ〜〜! 見つけたぁ!」

 モロクでボーっと座っていると、いきなり後ろから大声が聞こえた。
うるさい人も居るもんだ、と呑気に思いながらアサシンはこれから自分がどこに行くかを思案する。
 さて、スフィンクス4階でもブラブラしようか、それともワニと戯れてこようかな……いや、正直どっちも面倒臭いなぁ。
「って、シカトしないでくださいっ」
 アサシンの耳のすぐ近くから、先ほどと同じ声がする。
もしかして、このうるさい人は自分に話しかけていたのだろうか?
 横目で確認すると、見知らぬ剣士が一人。
人違いをしているのだろう。傘を愛用しているアサシンは五万といるからな、と結論付けて、もう一度自分の思考に入ろうとした。
「だ〜か〜ら〜シカトは酷いですって!」
 そんな言葉とともに、自分の正面に座られる。
少年と言っていい歳に見える剣士が、自分を見上げて嬉しそうに笑っていた。
「……多分」
 そんな顔をしている剣士に、お前は人違いをしているぞと説明するのは非常に面倒臭い。
 が、ここでうるさく纏わり付かれるのも面倒だと思っていた。
「人違いをしていると思うが…」
 アサシンの言葉が言い終わるか終わらないかの時点で、剣士は元々大きかった目を零れ落ちそうなほど見開いて驚きを表す。
「もしかして、覚えてないんですか?」
 それから、すぐにシュンと小さくなると眉尻を下げて悲しそうな顔をする。
「…? 生憎、物覚えは良くなくてな」
 なるほど。どうやら人違いではなく、自分が覚えていないだけか、と合点がいった。
自慢できる話ではないが、過去もこういったことは良くあった。
 狩場で時々話しをする人や、辻支援を掛けてくれる人、相手は自分のことを覚えているようではあるが、自分は全くと言っていいほど記憶に無い。
なにぶん、覚えるのが面倒臭いからだ。
「少し前のことなんですけど、あの……ペコペコに襲われているところを助けていただいて…」
 どうしても思い出して欲しいのか、アサシンと会った時のことを話しだす剣士。それをジーっと見ながら、自分の覚えている人達を反芻する。
 幼馴染のブラックスミス…よし、覚えている。その製造相方のプリースト…ん?ちと自信ないな。そのプリと犬猿の仲で幼馴染のウィザード…忘れない忘れない。
 ウィザード…と、付き合いの長い人達を思い出している時に、目の前の剣士のことも思い出した。
「あーぁ、ペコペコをテイムしようとしてた…」
「そうです!」
 昔馴染みのウィザードが転職した記念の飲み会で、この剣士の話を自らしたことを思い出したのだ。
剣士はというと、思い出して貰ったことが嬉しいのか、またしても満面の笑みでアサシンを見つめている。
「…で?」
 その剣士が、なんで自分の目の前にいるんだったけか?と首を捻るアサシンに、少年は元気良く口を開いた。




「はい! お礼をしようとずっと思ってまして!」








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