面倒臭い。






それを理由に『お礼』とやらを断ろうと思ったのだが、断るのも面倒臭かった。
 この剣士は、その小さい身体のどこからそんなパワーが沸いてくるのかと問いただしたいくらい元気の良い少年である。
その少年の行動を断るには、それ相応のパワーが必要だった。もちろん、面倒臭がりのアサシンにはそんなパワーはない。いや、あるのだろうけども出さないだろう。
 結果。面倒臭くてつい頷いてしまい、徒歩でモロクからフェイヨンへと移動する羽目になっている。
「…面倒臭い」
 口癖のように呟いて、自分の手を引っ張っている剣士に自分が乗り気でないことを伝えながら歩いている。
が、お構いなしなのか、その度に振り返られ満面の笑みではぐらかされてしまう。どうやら、自分はこの少年の笑顔に弱いらしい。
「もう少しで着きますから」
 フェイヨンの街に寄ることは無く、森をずっと奥まで歩いていく。
アサシンもフェイヨン出身であるが、こんな森の奥に集落があるだなんて知らなかった。
「自給自足が主の小さい村なんですけどね」
 剣士が照れたように話しながら歩を進めていくと、嫌な感じの3人組に出会った。
初めからこの剣士を待ち伏せしていたのだろう。見つけるなりこちらに向かって歩いてくる。
 先頭を歩いてくるのは、上質な布の服を着た青年だ。神経質そうな眼鏡をかけているが、ニヤニヤと笑っている口元のせいで頭が良さそうには見えない。
 そいつの後ろには、二人の冒険者。
片方はローグで、もう片方はプリーストであった。
「何の用ですか?」
 先ほどまでは笑顔だった剣士が、目を細め冷ややかな視線をその3人に投げかける。
その代わり身の速さに「おや?」とアサシンは目の前の剣士を見やるが、特に動くことなく同行を見守る。
剣士のその態度に慣れているのか、三人は動じた様子もなく先頭の青年がニヤケた口を開いた。
「何の用? 分かっているだろう。今月分、払ってないのは君の家だけだよ?」
 面倒臭い予感がたっぷりして、アサシンは今からでもいいから掴まれている腕を振り解いてモロクに帰ろうかと思案する。
おいおい、家賃の取立てだか何だか知らないが俺の居ない時にしてくれ。
 薄情かもしれないが、そもそも数ヶ月前一度助けた(らしい)人にかける情なんて薄くても当然である。
「前の地主様は土地代なんて取らなかったじゃないか!」
 言葉とアサシンの腕に力を込めて、剣士が反論する。
それに、青年は肩を竦めて見せた。気障なポーズである。
「前は前。今は悪いけど、ボクが地主様なんだよねぇ?」
 なるほど、小さな集落。地主の権限は偉大なのか。と、すでに傍観モードに入っているアサシン。
だが、自分の腕を掴んで離さない小さい手が震えているのに気付いた。
 強気な態度をとってはいても、流石に冒険者(しかも2次職)を二人も護衛につけた地主が怖いのであろう。
 アサシンは分かるように溜息をつく。つくづくこの剣士には弱いらしい。
「もしもーし、お三方」
 溜息と共に声を掛けられた青年達は、剣士から視線を逸らしアサシンを見る。
剣士に無理矢理引っ張られて歩いていたようだから、弱いと思って今まで居ないものとして話しを進めていただけに、いきなり話しかけられて若干驚いてはいた。
 が、本当に驚くのはアサシンの言葉を聴いてからだった。
「王国規約では、集落をまとめる者は過剰な金品の要求はできないことになってるらしいけど?」
「なっ!」
 常に浮かべていた口元の笑みを驚きに変え、3人は慌てた。
アサシンが言っている規約は最もであり、正規の者が取り締まりにくれば咎められるのは自分たちだと分かっていたからである。
 目の前にいる、やる気のなさそうなアサシンが騎士団や大聖堂、もしくは王国政府関係者には到底思えないが。
 それでも、規約を知っている者に正面から突っかかるのは得策ではないと考えたのだろう。
その三人はお互いの顔を見合わせると、「また来るからな」とボキャブラリーの数を疑われそうな言葉を残して去っていった。


「…凄い」
 完全にさっきの3人組が見えなくなってから、そんな呟きが聞こえてきた。
視線を目の前の剣士に移すと、目をキラキラさせて自分を見ている。
「別に。規約に詳しい奴が知り合いにいるだけ」
 面倒臭いので、尊敬なんてされるものじゃない。が、時すでに遅し。剣士は「凄い凄い」と連呼して、アサシンの腕をぶんぶん振り回している。
「強くて、優しくて、頭も良い……凄いですー!」
 頭が良いか?と自分が褒められているのにも関わらず首を傾げてしまう。この剣士は先ほどまで自分が彼のことをスッカリ忘れ去っていたことを覚えていないんだろうか。
 そう思いもしたが、確認するのも億劫である。
結局、剣士の褒め言葉を否定も肯定もしないまま彼の家まで引っ張られていくのだった。









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