「母さ〜ん! ただいまー」

 家というよりは小屋と言った方が良いほど簡素な作りのそれが、剣士の家らしい。
元気良くドアを開けると大声で母親に帰ってきたことを告げる。
 尚も引っ張られているアサシンは「…お邪魔します」とだけ小さく呟くと辺りを見回した。
狭いながらも小奇麗にされている室内には余計な物が一切なく、家族が慎ましく暮らしていることが伺える。
「おかえりなさい。 …あら、お友達?」
 奥から一人の女性が出てきた。少年の母親なのだろう。明るい色の髪も、大きな目もそっくりである。
「前に話しただろう? ペコペコから助けてくれたアサシンさん!」
 ぐいー、と掴んだ腕を前方に押し出される。
軽い会釈で挨拶すると、嬉しそうに目を細めた剣士の母親は「じゃぁ、今日はごちそうにしないとね」と奥へ入っていった。
 母親の『ごちそう』が、剣士からの『お礼』らしい。
「うちは貧乏だけど、母さんの料理はプロンテラのレストランにだって負けないくらい美味しいんですよ!」
 自分のことのように胸を張って威張る剣士を見ながら、その料理が出てくるまでサシでこの剣士との会話をしなければいけないのかとアサシンは思っていた。
 面倒臭い。
そう思ったのが顔にでも出たのか、剣士が不安そうに聞いてくる。
「あ、あの…嬉しくて強引に連れてきちゃいましたけど……やっぱり迷惑ですか?」
 面倒臭いだけで迷惑かと問われれば、答えは否である。
そう告げると、瞬時に笑顔に変わる。
この剣士はこんなにコロコロと表情を変えて疲れないのだろうか?
 他人事ながら、そう疑問に思ったがこれまで通り訊くのも面倒なので思うだけに留まった。
 料理が出てくるまでの短くは無い間、剣士がアサシンのペースに慣れたのか、アサシンが剣士のペースに慣れたのか、恙無く過ごした。多分、前者であるとは思うが。
 口を開くのさえ面倒だと思っているアサシンは相槌を打つばかりで、ほとんどは剣士が一方的に話をしていた。
それでも、その会話(?)を楽しいと感じてしまうのは剣士の話し方が上手いからか、それとも。
 剣士の話は他愛のないものであった。
もうペコペコに囲まれても余裕で避けられるだとか。今はもっと強い魔物がいるところにだって行けるだとか。
 それから、剣士自身のことも少し。
もっと修行して騎士になりたいけど、癒しの使えるクルセイダーにも憧れるだとか。
母親と父親は恋愛結婚で、今は父親はジュノー勤務でいないけど、文が絶えたことがないだとか。
 属性の付いた武器が欲しいけど、回復アイテムでお財布が軽いことだとか。
そんなことを話ながら。
「おまちどうさま。 料理、出来上がりましたから食卓へどうぞ」
 良い匂いが部屋の中に立ち込めてきた頃、奥から声がかかった。
どうやら、そちらが食卓らしい。
「行こう!」
 よほどお腹がすいていたのか、剣士はその言葉を聞くなり立ち上がる。
アサシンを急かして奥の部屋へと小走りに移動した。
 テーブルに並ぶ料理は、どれも素晴らしいものであった。
庭で採れたという野菜はどれも味が濃くしっかりしていたし、母親自らが狩猟したという牡丹肉は新鮮だった。
 ここにいるのが、このアサシンではなく彼の幼馴染であったなら「…お母さん自らが?」と突っ込みを入れるところであるが、残念にも幼馴染は居ないし、アサシンが突っ込み入れるだなんて面倒なことをするはずがなかった。
 見るからに線の細そうな女性がイノシシ……サベージを狩る姿は想像できないが。
「…でね、でね! あの嫌な地主を追っ払ってくれたんだよ」
 母親を交えての食事中で話題になったのは、先ほどの3人組のことであった。
かなり誇張されて話されていたりするが、訂正はしないでおく。もちろん、面倒臭いからだ。
 母親はというと、興奮して料理をボタボタ落としながらしゃべる(食べる?)剣士の様子を楽しそうに見ているだけである。
母親といえども、この少年のパワーに対抗するだけの力はないのか。と、ぼんやり思いながら食べた料理はとても美味しかった。
「絶対に、また来てくださいね!」
 そろそろお暇するというアサシンに泊まっていって欲しいと剣士は申し出たが、流石に一晩中このテンションに付き合うだけの気力はなく、丁重に辞退する。
 その代わりとばかりに、次回の約束を剣士に取り付けさせられるアサシンであったが、この料理ならばまた来ても良いくらいには思っていた。
 何度も念を押されモロクへの岐路につく。今日は自分にしては良く動き、良く話した日だなと思った。


 そのアサシンの後姿を見送る親子。
「良い人ね」
 母親がそう呟くと、剣士は嬉しそうに、照れたように笑みを深くする。
「あったり前だろう。 僕が好きになった人だもん!」
 そんな剣士を暖かく見つめながら、母親も笑みを濃くした。









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