季節がいくつも過ぎる。
その間に剣士の家には何度となく行った。
 始めのうちは無理矢理に来ているという感が否めなかったアサシンであるが、今ではすっかりこの家や剣士にも慣れてしまい、かなり頻繁に訪れるようになっていた。
「えへへー」
 弟のように懐いてくる剣士の頭に手を乗せながら、いつも通り料理が出来るのを待つ。
アサシンの手が柔らかい髪を撫ぜる。
 その感触が気持ちいいのか、剣士は大きな目を細めて笑みを湛えている。
「あのね」
 今日は会った時からずっとソワソワしていて落ち着きがなかった剣士が、もう少しで夕ご飯のお声が掛かるというタイミングで口を開いた。
実際のところ、夕飯の時に言おうと思っていたのだが言いたくて言いたくて仕方なかったらしく。
「明日、転職してこようと思うんだ」
 転職。
その言葉にアサシンは驚く。
出会った頃は剣士に成り立てだったはずなのに、もう二次職になるとは…。
「そうか。…おめでとう」
「ありがとう!」
 祝いの言葉に満面の笑みを浮かべる剣士に、アサシンは一つ質問を投げかける。
「…そういえば、騎士になるのかクルセイダーになるのか悩んでいたようだが……決まったのか?」
 剣士という職業からは、ナイトとクルセイダーのどちらかに進むことができる。
初めは騎士にと思っていたらしいが、自分の一生のことである。色々なことを考慮していたのだろう。
「うん! 明日、制服授与されたら見せるから、母さんとここで待っててよ」
 それまでは秘密〜!と、まだまだ子供っぽさの抜けない顔で言われてしまい、アサシンはそれ以上追求しなかった。
 明日。そう、明日になれば分かるのだから、と。
「それでねー。お願いがあるんだけど…」
 剣士にしては珍しいお願いの中身に、アサシンは首を捻るばかりであった。









「何故、俺が?」
 ガスマスクに矢リンゴという出で立ちのウィザードが山道を歩いている。
「知らん」
 その二歩前にいる笠を深めにかぶったアサシンが、ウィザードの独り言ともとれる呟きに返事を返す。
 剣士のお願いとは『幼馴染のウィザードさんも連れてきて』というものだった。
何度目かの剣士の家での食事の時に、せがまれて自分の身の周りのことを話したことがあった。
 その時話題に上ったのが、このウィザードと彼の愛する弟とそのペットの話である。
家が半焼するほどのウィザードvsペットの話を、剣士は非常に楽しそうに聞いていた。
 本人にあってみたいとでも思ったのかもしれない。
そう結論づけたアサシンであったが、それをウィザードには告げないでいようと思った。
 もちろん、面倒くさいと感じたのも事実だが…それ以上に、剣士が自分以外の人間に懐くのを不快に感じたからだ。
何故、不快に思ったのかなんて疑問は浮かんではこなかったけど。
「まぁだ〜?」
 二十代半ばにもなる立派な大人の言葉とは思えないウィザードの催促に、アサシンは顔を顰めると後ろを振り返った。
「…」
「はいはい」
 付き合いが長いおかげか、その顔だけで「うるさい。もう少しだ。黙って歩け」というアサシンが考えたことを読み取る。
 実際に剣士の家までは、もう少しだった。
ふ、と。違和感を感じる。
「ん? どうした?」
 急に足を止めたアサシンにウィザードが尋ねる。
だが、訊かれたところでアサシンには答えようがなかった。明確ではないが、でも不確かでもない違和感。
 いつも通りの道なのに、どこかが違う。
鬱蒼と生い茂る木も、その木の葉の間から零れ落ちる柔らかい日の光も、遠くから聞こえる鳥の声も……いつもと変わらないはずなのに。
 だが、この違和感に自分は見覚えがある。
見覚え…それは正確な表現ではなかったが、確かに。確かに、この感じを知っている。

「……っ!」

 違和感の正体に気付いた瞬間、アサシンは駆け出していた。



自分が気付いた違和感。
剣士からは香ったことの無い、錆びた鉄の匂い。

微かにだが、確かに血の匂いがしたのだ。









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