嫌な予感を振り払いながら走る。
だが、進むにつれ濃くなる血の香に焦りも感じる。

制服授与されたら見せるね

昨日聞いた剣士の言葉が思い出される。
 そうだ。今日は転職の手続きに行っているはずだ。
だから。
 だから、この血はアイツのものじゃない。アイツの血のはずがない。
では、誰のか?
剣士の母親のものか? それとも?
答えは、すぐに出た。



「黄金蟲……っ!」



そこには生息していないはずのモンスター。
 しかも、普通のモンスターではない。一般にボスモンスターと呼ばれる、格段に強い力を持ったモンスターだ。
 黄金蟲と、その取り巻きである緑色の盗蟲が群がっている物体。
辛うじて見えるのは、見慣れた明るい髪と……手にした両手剣。
いつだったか、やっと属性の付与されたものを買えたと喜んでいたアイツの……。
「そこを、どけぇぇぇえ!!!!!!!」
 蟲の下にいるのが、剣士だと。そう思った瞬間に、アサシンは動き出していた。
装備はいつも通りのクリティカル重視のもので。その中のアクセサリーを瞬時にして変える。
「マグナムブレイク!!!」
 アサシンには覚えることの出来ないスキルである。
だが、特殊なカードの力で誰でもが習得が可能になったのは遥か前のこと。
 炎と衝撃で、蟲達が散らばる。
生き残った盗蟲と黄金蟲は新たな餌を確認すると、捕獲のためか襲い掛かってきた。
「クァグマイヤ!!!!」
 少し離れたところから声が聞こえる。
すると蟲達の周りに緑の靄がかかった。対象の動きを鈍くするソレはウィザードの魔法で。
「お前っ、足…速ぇ、よ!」
 息が整っていないウィザードの声を背に受けながら、盗蟲を次々と切り捨てていく。
絶対の素早さを誇る暗殺者という職業を生業として長年生きてきたのだ。今更盗蟲如きは敵ではない。
 だが。
「…っ」
 衝撃とともに、思わず片膝を着く。
それを機に盗蟲が数匹飛び掛ってきたが、腕の力だけで薙ぎ払った。
「メマーナイトか…」
 衝撃の正体を呟くと、素早く立ち上がり数個のマステラの実を齧る。
体力自慢の騎士などであっても、数回喰らえば死を覚悟する代物のメマーナイトではあるが、喰らえばの話である。
 衝撃でずれてしまった笠を深く被りなおし、目の前の黄金蟲を見据える。
二度も喰らう気はない。
 ギチギチと不快な音を立てて猛然と突っ込んでくる蟲を片手で受け止め、片手で切り刻む。
数度そうしたことをしているうちに、詠唱が終わったのか後ろからウィザードの声が聞こえた。
「ストームガスト!!」
 全てを凍てつかせる氷の霧の中、黄金蟲の断末魔が響き渡った。







 リン、と透き通る音が一つ。
黄金蟲の死体から大きな鈴を拾い上げるウィザードは、ガスマスクに隠された顔をアサシンの方へ向けた。
 膝を着き、地面から上半身を抱き起こしている。
いや、上半身を抱きかかえていると言った方が的確かもしれない。
何故ならば、そこには上半身しかないからだ。
 蟲達の食欲は旺盛で、群がられた人は………。
ウィザードは近くに見える小屋のほうへと歩を進めた。
ここは二人きりにしてやるのが筋ってものだろう。
 が、すぐに踵を返したい気持ちに襲われる。
小屋の入り口にも、蟲達の食い散らかしたモノがあったからだ。
散らばっている服から辛うじてそれが女性であることが分かったが、生前の知り合いが見ても誰と特定はできないだろう。
 長年冒険者として世界を回ってきたが、これほど凄惨な死体には早々お目にかかれるものじゃない。
 血溜まりを避け、小屋の中に入る。
壁などに飛び散った血痕には目を見張るものがあったが、それに頓着はしなかった。
 一枚の写真が壁に掛かっている。
運良く血はついていないそれには、暖かな笑顔の親子がいた。
写真を壁から外し手に取ると、ウィザードはきつく唇を噛み締めた。



この写真の中で笑う母子は、もう二度と動くことも、笑むことも、お互いの名を呼び合うこともないのだ。









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