青天の霹靂。
雷など絶対にありえない澄み切った空に走る稲妻。
いま、正にハンターの心境はソレである。
「……ぱぱ?」
 プロンテラの相変わらずの人ごみの中、何かに服を引っ掛けたのか、急にズボンの裾が引っ張られて足を止めた。
実際は何かに引っ掛けたのではなく、見たこともない少年がハンターの服を掴んでいた。
 見たこともない少年、である。
少年というよりは、子供。ハンターと歳は10は違いそうである。
くどいようだが、見たこともない子供なのだ。
「ぱぱ」
 その子供が、目をキラキラさせながら、自分には一切見に覚えの無い恐ろしい単語をしゃべっていたとしても、全く、全然、気にすることじゃない。
「え、あ、へ?!」
 違う。そんな覚えない。ってか、絶対人違いですから! と、心の中では饒舌であるが、実際はかなりマヌケな声しか出ていない。
そんな声に軽く首を傾げながら、子供は尚も目を輝かせて恐ろしい単語をもう一度、今度は先ほどよりも大きな声で。
「ぱぱ!」
 青天の霹靂。
相変わらずの混雑をみせるプロンテラの喧騒も遠のき、自分の相棒である鷹が気持ち良さそうに飛んでいる空に、ハンターは見えるはずの無い稲妻を見た気がした。





「いや、だから、迷子! 絶対、迷子なんだよね! 不安だったから、ボクのことを『パパ』なんて呼んじゃっただけなんだ! うん、きっと、そう!」
 だって、歳の差的に無理だから、とか、その前に好きな人一筋片思い驀進中だし、とか、色々考えた結果が先ほどの台詞である。
「そうだよね、迷子で不安だからボクのことをそう呼んじゃったんだよね!」
 物凄いぎこちない笑顔を子供に向けて確認する。
しかし子供は首を振ると、まっすぐに見つめ返してきた。
「いいえ、迷子じゃないです」
 その答えに「ボクだって、パパじゃないです」と言いたかったが、子供が言葉を続けそうなので一先ずそれを聞くことにする。
「それに、」
 接続詞と共に、子供は自分の鞄を漁ると、一枚の古びた紙を取り出した。
それをハンターの目の前に突き出すと、止めていた台詞の続きを言うために口を開く。
「ぱぱは、ぱぱです」
 その紙―――写真には、ハンターと瓜二つの人物が写っていた。










 自分の隣には、先ほどまで『見たこともない少年』であった子供。
そして、今目の前にはニヤついた顔を隠そうともしてないアサシンの男。
ハンターは助けを求めた先を間違ったことに、その顔を見た瞬間に気付いたのだが、後悔先に立たずとは良く言ったもので。
「…で、コレ、お前が何歳の時の子?」
 深く長い後悔の溜息をついている時に、やけに嬉しそうなアサシンの声が聞こえてきた。
コレ、と指差しているのは、自分の隣でリンゴジュースを飲んでいる子供。
子供は子供だが、断じてハンターの子供ではない(…と、思う)
ハンターが何も言わないでいると、アサシンは勝手に話を進めていく(もちろん、アサシンにとって面白い方向に)
「んー、逆算すると……お前10歳くらいでガキこさえてたんだ? わー、すっげぇなお前。俺も流石にそこまではやってねぇぞ」
 絶対に微塵にも凄いだなんて思っても居ない口調でアサシンが言う。
「だから、何かの間違いだってば!」
 一通り話をしたはずなのに、面白がってハンターの子供説を唱えるアサシンに、もう一度否定してみせる。
「分かってるって。子供ってのは、大抵何かの間違いで出来るもんだ」
「ちっがーーーーーーう!」
 ハンターの大声に、今まで大人しくジュースを飲んでいた子供が驚いて見上げてくる。
不安そうに揺れる瞳を見ると、どうも強く出れないのはハンターが子供に弱いせいか、それとも。
「ぱぱ?」
 どうしたんですか? と目で問う子供に、悪乗りの止まらないアサシンが言葉を返す。
「大丈夫大丈夫。お前のパパはちょっと照れて取り乱しているだけで、いたって何ら問題ないから」
 何ら問題がないのはアサシン唯一人である。
所詮は他人事。他人の不幸は蜜の味、誰だか知らないが良いことを言った、と常々思っていたりもする。
そして、その蜜をより甘いものにすべく、アサシンは最も気になっていることを子供に尋ねてみることにした。

「で、お前のママは?」

 パパがいるならママだっている。
目の前の子供は細胞分裂で生まれたようには見えない(何故ならハンターに全く似てないから)のだから、どこかにママがいるのだろう。
「……まま」
 一瞬、子供は言葉に詰まると、クルリとアサシンに背を向けて走り出した。
「ありゃ? 逃げられた」
「え? ちょ、ちょっと!」
 驚いてハンターが呼び止めると、子供は立ち止まって首だけを向けてきた。
「もう暗いし、ままが心配するから家に帰ります! またね、ぱぱ!」
そして本日二度目となる衝撃的な言葉を言うと、プロンテラの細い路地に消えて行ってしまった。

「……やっぱり、ママは居るんだな」
 と、面白そうなアサシンの呟きと。
「またね、って何?! え? また会うの?! ってか、パパじゃないからぁぁあああ!!!!」
 というハンターの叫びが、暗くなり始めた街に響いた。




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